1 はじめに

 こんにちは。
 今回は、婚姻破綻後の居住権という問題を取り上げたいと思います。

 もう少し踏み込んで言うと、婚姻関係は破綻したが、まだ離婚は成立していない段階において、別居中の一方配偶者が、自己が所有する建物に住み続けている他方配偶者に対して、法律上、「夫婦関係は破綻したんだから、出てけ!」と言うことができるかという問題です。

 この問題を取り上げた裁判例(東京地裁平成3年3月6日判決)を見てみましょう。

2 事案の概要

 X女(妻)とY男(夫)は、X女が結婚前から所有していたマンションの一室(「本件建物」)で、X女とY男と、X女の前夫との間の子の3人で一緒に暮らしていた。
 しかし、Y男による暴力、金銭の浪費、不倫関係に耐えかねて、X女は子と共に他に転居し、それ以後は別居状態になっている。家を出た後、X女は保険外交員等として働いていたが、生活が苦しかったので、本件建物を第三者に賃貸し、その収入を生活費の不足にあてたいと考えている。一方のY男は、X女が出て行った後も本件建物に住み続けている。

 X女はY男に対して離婚訴訟を提起する一方、本件建物の所有権に基づいてその明渡し等を請求した。これに対し、Y男は、夫婦には同居義務があるから、自分は本件建物に居住する権利があると反論した。

3 裁判所の判断

 X女の明渡請求を認容。
 X女とY男の婚姻生活は既に破綻状態にあるものと認められ、今後の円満な婚姻生活を期待することはできない。しかも、その原因ないし責任は専らY男にあることが明らかである。したがって、本件においてY男が本件建物についての居住権を主張することは権利濫用に該当し許されない。

4 検討

 裁判例の判断を見て、「そりゃそうだべ。」と思われた方もいらっしゃるかもしれません(ちなみに当職は北関東の出身です。)。そのお気持ちよくわかります。実際、「事案の概要」には詳しく書いていませんが、このY男の暴力や金銭浪費等の程度は常軌を逸したものであり、X女勝ちの結論に異論はないと思われます。

 ただし、一応注意すべきなのは、夫婦間には法律上の同居義務があるということです。義務があるということは、裏を返せば、夫婦の一方は他方に対して同居を請求する権利があるということを意味します。本件のY男も例外ではありません。上記裁判例も、Y男の居住権が存続することを前提としつつ、その権利を「濫用」していると判断して、Y男の反論を排斥しています。

 実際問題、上記裁判例はX女の請求を認めましたが、他の裁判例の中には、上記裁判例と事案が似ていながらも(夫の暴力や金銭の浪費に耐えかねて、妻が自身の所有する建物から出て行ったというもの)、「離婚訴訟が係属中であっても、法律上は夫婦である」という理由で、明渡請求を否定したものもあります(東京地裁判決平成1年6月13日)。

 以上のとおり、この種の事案では、数的には明渡請求を認める裁判例が増えているようですが、少なからず、婚姻継続中(=同居請求権は依然として存在している)という理由で請求を退ける裁判例も存在します。

 破綻に至った経緯や責任という問題を重視せず、単に「法律上同居請求権があるから」という一点で請求を退けるのは、法律上の建前にとらわれすぎじゃないか?という気もします。とはいえ、このような裁判例が存在する以上、破綻しているが離婚までには至っていない段階では、婚姻関係が破綻し、かつその原因が相手方配偶者にある場合であっても、同居義務ないし同居請求権を理由に請求が否定されるリスクがあることは知っておいて損はないと思います。