夫婦の別居中に支払う婚姻費用や、離婚後に子どものために支払う養育費の金額を決める際に、弁護士や裁判所が必ずといっていいほど参考にするのが、平成15年に東京・大阪の裁判官によって作成された「簡易迅速な養育費の算定を目指して‐養育費・婚姻費用の算定方式と算定表の提案‐」、いわゆる算定表と呼ばれるものです。算定表が生まれてから既に15年が経過しようとしており、今となっては、インターネットで調べればすぐに出てくるほど有名なものになってきています。

 ですが、算定表が定着するにしたがって、最近は算定表に基づいた婚姻費用や養育費の金額にも関わらず不満を感じている方の相談をよく受けるようになりました。これは、支払う側(以下、「義務者」といいます。)、支払いを受ける側(以下、「権利者」といいます。)共にです。果たして、算定表の金額は、絶対的に正しいものなのでしょうか?今回は、算定表というものについて、改めて考えてみたいと思います。

1 婚姻費用、養育費の理念と算定表の意義

 婚姻費用も、養育費も、義務者が権利者に対して負う生活費の支払義務ですが、その性質は「生活保持義務」と解釈されています。これは、権利者に対して、「最低限度の生活を保つ義務」ではなく、「義務者の生活と同程度の生活を保つ義務」という意味です。つまり、離婚をした後、父親(義務者)が贅沢な生活をしながら、母親と子供(権利者)が貧しい生活をする、ということは許されず、同等の生活状況を維持しなければならないのです。 もっとも、具体的にどの程度の金銭を渡せば生活保持義務を果たしたと言えるのかは、各家庭によって千差万別のため、判断が非常に困難でした。しかし、具体的な金額が決まるまで時間がかかってしまうのでは、その間生活費が支払われない状態が続き、権利者の生活が破綻してしまいます。そこで、簡易迅速に婚姻費用や養育費の金額を判断するためのツールとして、算定表が生まれたのです。

 算定表では、まず夫婦それぞれの基礎収入(総収入から、税金や生活に必須の経費などを控除した、自由に使える金額のことです)を割り出し、それを世帯の構成員における生活費指数(構成員それぞれにかかる生活費の割合のことです)に従って分配する形で婚姻費用や養育費の金額が割り出されています。

 この算定表によって、夫婦それぞれの年収と、子どもの人数が分かれば、婚姻費用や養育費のおおよその相場額が分かるようになったのです。算定表については、裁判所のホームページに載っていますので、一度ご自身の家庭に置き換えて計算してみるといいでしょう。

2 算定表は万能なのか?

 このように算定表が生まれたことで、婚姻費用や養育費の相場を迅速に判断できるようになり、調停等の裁判所の手続でも算定表を手掛かりにスムーズな話合いがなされるようになりました。これは、すぐにでも生活費を確保したい権利者にとっては非常に大きな利益と言えます。しかし、算定表は決して万能な物ではありません。以下に紹介するように、各家庭には、算定表が想定していない特殊な事情が数多くあるからです。

(1)住宅ローンを支払う場合

 別居にあたり自宅を出た側が、自宅のローンや、家賃等の住居費を支払い続けることがよくあります。妻と子どもが自宅に残り、今まで住宅ローンを支払い続けてきた夫が別居して引き続きローンを支払う場合がこれに当たります。

 しかし、算定表で導かれる金額は、こういった住居費も含まれた生活費になりますので、算定表通りの婚姻費用や養育費を支払いつつ、権利者が住む住宅の住居費を支払っていたのでは、義務者は、住居費を二重に支払っていることになってしまいます。

(2)年金収入がある場合

 熟年離婚や定年退職後に別居する場合、義務者が年金収入ということもあります。年金は、労働の対価ではないため、給与所得者と比べて基礎収入は高額になります(労働に要する費用が存在しないため)。

 しかし、算定表は給与所得者と自営業者の収入を前提に計算しているため、年金収入の場合に算定表で計算してしまうと、基礎収入が過度に少なく扱われ、結果として権利者が損をする事態が生じてしまいます。

(3)収入額や子どもの人数、監護形態等による違い

 算定表が想定しているのは、義務者の年収2000万円以下、権利者の年収1000万円以下、子どもの人数3人以下の家庭であり、これを超える年収や子どもの人数の家庭では、当然ながら算定表で適切な金額を導くことは出来ません。また、算定表は別居・離婚した夫婦の一方が子ども全員の監護をしていることを前提としているため、夫婦それぞれで1人ずつ子どもの監護をしている場合等は、算定表が機能しないことになります。

3 算定表に対する誤解

 こうしてみると、算定表から導かれる金額が絶対的に正しいものとはいえないことが分かると思います。算定表を作成した裁判官の説明でも、「算定表は、あくまで標準的な養育費を簡易迅速に算出することを目的とするものであり、最終的な養育費の額は、各事案の個別的要素をも考慮して定まるものである」と言われています。

 ところが、算定表が定着する一方で、算定表の金額を絶対視する考え方が増えてきてしまい、各家庭の実情に応じた判断がされていない状況が増えているように思えます。私自身の経験でも、義務者が算定表の金額以上の養育費は絶対に払わないと強弁する、調停の場で、調停委員が義務者に対し、特殊な事情を考慮することなく算定表の金額を支払わなければならないと説得する、等の例が何度か見受けられました。

 婚姻費用や養育費の金額をできる限り迅速に決めることは、確かに大切ではあるのですが、そのために実態と合っていない不公平な金額を決めてしまったのでは意味がありません。そもそも、婚姻費用や養育費の理念は生活保持義務にあるのですから、金額を決める際は、「算定表通りの金額か」ではなく、「生活保持義務を果たせているか」を重視しなければならないのです。

 算定表通りの金額に不公平を感じる方は、算定表が想定していない事情が存在するのかもしれません。権利者は、十分な生活費を確保するため、義務者は、過度の負担を強いられないようにするためにも、算定表の金額に疑問を感じることがありましたら、一度専門家である弁護士までご相談ください。