1 キセル乗車とは

 鉄道を利用する際、乗車駅から降車駅までの乗車券を買わなければなりませんが、乗車駅からその近くの途中駅までの乗車券と降車駅の近くの途中駅から降車駅までの2枚の切符を使用して改札を通った場合、これは不正乗車となり、これをキセルと呼びます。
 これは両端が金属、中央が竹でできているキセルとかけて、「両端だけ金を使っている」という意味だそうです。
 現在は、改札機の性能が向上し、降車駅の改札機を通過する際、入場記録がなければ降車駅の改札機を通過できないので、単純な手口でのキセル乗車は難しくなりましたが、平成24年、東京地裁で自動改札機を利用したキセル乗車について詐欺罪の一類型である電子計算機使用詐欺罪の成立が認められました。

2 電子計算機使用詐欺罪とは

刑法第246条の2
 前条(詐欺罪)に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。

 本条文は、簡単に言うと、コンピューターを操作して他人をだまし、不正に財産を得たり、得させたりすると罰せられるというものです。
 多くの取引において電子計算機が利用されるようになり、お金等の財産の行き来が人の介入を経ずに電磁的記録に基づいて自動的に処理される取引形態が増加していることから昭和62年に新設された条文です。

3 東京地裁平成24年6月25日判決

(1)事案

 往路は、乗車駅(A駅)で130円の乗車券を買って自動改札機で入場し、下車駅であるB駅では、B駅を挟むC駅-D駅間の回数券を使って自動改札機で出場しました(D駅は自動改札機未設置駅ということで同駅を含む区間の回数券については、入場記録がなくても自動改札機は開扉するシステムになっているようです。)。
 復路は、B駅で180円の乗車券を買い、自動改札機を通過して入場し、下車駅であるE駅では、往路で使用した入場記録のあるA駅からの乗車券を精算して、精算券を自動改札機に投入して出場しました。

(2)争点

 本件では、記録自体が改変されていないため、記録の虚偽性(「虚偽の電磁的記録」)自体が争われました。
 これに対して、判決では、「虚偽とは、電子計算機を使用する当該事務処理システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らし、その内容が真実に反するものをいう。」とし、往路について、「入場情報がない本件回数券を宇都宮駅の自動改札機に投入する行為の意味をみると、実質的には宇都宮駅の自動改札機に対し、本件回数券を持った旅客が有効区間内の自動改札機未設置駅(岡本駅)から入場したとの入場情報を読み取らせるものであって、この入場情報は被告人らの実際の乗車駅である鶯谷駅又は上野駅と異なるのであるから、本件回数券の電磁的記録は、自動改札機の事務処理システムにおける事務処理の目的に照らし、虚偽のものである。」とされ、復路についても、「本件乗車券は、発車駅を鶯谷駅又は上野駅とし、これらの駅で入場したとの入場情報がエンコードされたものであって、復路の赤羽駅又は渋谷駅の自動精算機に投入される場面において、自動精算機の事務処理システムにおける事務処理の目的に照らし、被告人らの実際の乗車駅である宇都宮駅と異なる虚偽のものである。」とされました。

(3)解説

 通常の詐欺罪においては、人の判断の介在が必要であるところ、本件においては、乗車券等を自動改札機等に投入することにより利益が得られているため、同罪が成立する余地はありません。
 それゆえ、同罪の補充類型である電子計算機使用詐欺罪の成否が問題となります。もっとも、本罪においては、財産権の得喪・変更の事務が「不実」ないし「虚偽」の「電磁的記録」に基づいて処理される場面に処罰が限定されているため問題となりました。
 本判決では、下車駅を基準とした構成により、本罪の成立を認めていますが、他の方法による不正利用事例について同様に本罪が成立するか明らかではありません。
 例えば、最近では、ラッシュ時に着席するために列車の始発駅などの目的地と逆方向の駅に行って折り返し、そのまま目的地に行く、いわゆる「折り返し乗車」等が問題となっているようですが、これらにも本罪が成立するのでしょうか。