もし痴漢に間違えられ時、どんな危険があるか?

 もし、あなたが電車で痴漢に間違われたら、どうやって対処すればよいのでしょうか。

 走って逃げる?
 名刺を置いておけば逮捕されない?

 ウェブサイト上に様々な対処法が溢れていることかと思います。
 最近では、否認していたとしても勾留される可能性は以前に比べては高くないと言われていますが(最決平成26年11月17日刑集315号183頁参照)、逮捕されると2~3日間、勾留されると最大20日間の拘束を受けてしまい、職を失うなど冤罪だったとしても取り返しのつかない不利益を被る危険性があります。

 そこで、本稿では、あなたが痴漢に間違われたとき、結局どうすればよいのか、その対処法について、私の意見を述べていきたいと思います。

どのような対処法が最良?

 結論からいうと、どんな対処をしたとしても、絶対に逮捕されないという対処法はありません。ただ、リスクを最小限に抑える対象法はあります。逮捕されてしまった場合にはこれ以上身柄拘束が長引かないようにするなど、やるべきことはたくさんあります。
 そこで、私は、冤罪を晴らすべき客観的な証拠作りをすることが重要だと私は考えます。そうすることで、副次的にも現行犯逮捕されにくくなり、逮捕されたとしても勾留されにくくなると思います。

1 冤罪を晴らすための客観的な証拠作りをする方法

(1) 一貫して冷静に否認する

 まずは、犯行をしていないのであれば、声を荒げることもなく、冷静に、犯行を一貫して否認してください。声を荒げたりしてしまうと、被害者から引き離されたり、周囲が敵になってしまうなど、いいことはありません。また、一貫して否認することで、後々、犯行を一貫して否認していると評価され、あなたの供述の信用性が高まります。

(2) 携帯電話等を使用して録音する

 すべての会話を録音することがベストだとは思います。もっとも、現実的にも難しいかと思いますので、最低限、被害者や周囲の人、駅員、警察官とのやり取りを録音してください。携帯電話で動画を撮影するなり録音アプリを使用するなり、なんでも構いません。
 そうすることで、後々、あなたが一貫して犯行を否認していたこと、被害者の供述に変遷があること、捜査機関の取調べに違法性があることや名誉棄損があったことなどを証明することができます。

(3) 手を上げて何も触らない

 何も触らないように手を挙げた状態を維持します。後述の微物検査等の信用性を争われないようにするためです。
 その際、周りの人に対して、これから何も触らない旨を宣言しておくとよいでしょう。

(4) 駅のホーム上で微物検査等を要求する

 臨場した警察官に対し、微物検査等を要求してください。
 微物検査とは、手の指、手の甲、手のひらに被害者の方が着用していた衣類の繊維が付着していないかを鑑識採証テープと呼ばれる特殊なテープを用い調べる鑑定方法です。
 繊維や細胞片が検出されなければ、被害者の供述の信用性を争う有力な証拠となり、無罪となる可能性が高まります。
 警察官がその捜査をしない場合、上記録音がうまくできていなかったことに備えて、そのことを供述調書という形で証拠化するよう要求しておくとよいでしょう

(5) どうして証拠が必要なのか

 刑事事件の場合、立証責任は検察官にあるので、無罪となるための証拠集めを被疑者がしなければならない、というのは多少奇妙な感じがします。しかし、実務では被害者の供述証拠だけで有罪になる可能性がある以上、その信用性を崩すための証拠、無罪となるための証拠を集めなければならないのです。

2 現行犯逮捕されにくくする方法

 縷々述べてきましたが、現行犯逮捕をされないに越したことはありません。そこで、以下、現行犯逮捕の要件を確認しつつ、現行犯逮捕をされにくくする方法を述べておきたいと思います。

 現行犯逮捕、準現行犯逮捕されないようにするには、以下の要件を充足しないような行動をしなければなりません。

要件
現行犯逮捕 ①犯罪と犯人の明白性
②現行性・時間的接着性(「現に罪を行い」(刑訴法212条1項))
③逮捕の必要性(刑訴法規則143条の3参照)
準現行犯逮捕 ①犯罪と犯人の明白性
②刑訴法212条2項各号のいずれかに当たること
 a「犯人として追呼されているとき」(1号)
 b「贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき」(2号)
 c「身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき」(3号)
 d「誰何されて逃走しようとするとき」(4号)
③時間的近接性とその明白性(「罪を行い終わってから間がないと明らかに認められること」(刑訴法212条2項柱書)
④逮捕の必要性(刑訴法規則143条の3参照)

 ちなみに、現行犯逮捕の場合には逮捕の必要性は一般的に推定されていて、個々の逮捕の際に具体的に判断する必要がないと考えられています。しかし、特別の判断を要せず明らかに逮捕の必要性がないと認められる場合であれば現行犯逮捕をしてはいけないことになっています(現行犯逮捕されたとしても勾留はされず釈放になる可能性が高くなるでしょう)。

 上記の冤罪を晴らすべき客観的な証拠作りをすることで、たとえば、被害者の方の供述が変遷していたとすれば犯罪と犯人の明白性の要件を充足しないことになりますので、結果的に現行犯逮捕がされにくく、逮捕されたとしても釈放される可能性が高まると思います。

私であれば、現行犯逮捕されにくくするために、以下のような点を留意します。

(1) 走って逃げない

 走って逃げた場合、「逃亡のおそれ」や「罪証隠滅のおそれ」があると見なされ、「逮捕の必要性がある」と判断されてしまいます。したがって、私であれば、走って逃げません。
 走って逃げようとした場合、周りにいる人たちから取り押さえられ、準現行犯逮捕されてしまう可能性も生じてしまいます。
 仮に、逃げきれたとしても、後日、逃げたという事実から「逃亡のおそれ」が高いと見なされ、裁判官が発付する令状に基づいて通常逮捕されてしまう可能性もあります。また、本来であれば逮捕だけで済んだのが勾留されてしまうというリスクも生じてしまいます。

 ちなみに、線路に降りて電車の進行を妨害してしまった場合には、民事上の損害賠償責任や刑事上の責任(鉄道営業法37条・威力業務妨害罪(刑法234条)。なお、往来妨害罪(刑法125条1項)は成立しません。)も発生してしまいます。
 このように、走って逃げることは、リスクが高く、リスクリターンに見合わないものと思います。
 したがって、私としては、走って逃げることはお勧めしません。

(2) 身分を明かす

 名刺を差し出すなどして身分を明かすことで、何も身分を明かさないよりは、「逮捕の必要性」がないと判断されやすくなるでしょう。
 なお、「名刺を差し出せば現行犯逮捕されない」(刑訴法217条参照)という見解もありますが、痴漢の場合にはそもそもこの条文は適用されませんし、誤っているものと思います。

(3) 駅のホームを動かずに弁護士を呼ぶ

 弁護士を呼べば、「逮捕の必要性」がないことを、より説得的に主張してもらえます。
 知り合いの弁護士に連絡しましょう。もし、知り合いの弁護士がいなければ、弁護士会に電話をすれば、何かいいアドバイスをもらえるかと思います。
 なお、駅のホームを動かない理由は、駅事務室等に同行してしまうと、私人による現行犯逮捕が既になされたと扱われて、警察官に引き渡しがなされる可能性が高いです(刑訴214条)。ホームには警察官が臨場するまで留まっていた方がよいかと思います。

3 痴漢に間違われた場合の流れ

 以上縷々述べてきましたが、私が痴漢に間違われた場合を想定して、どのような行動をとるかを書いておきたいと思います。実際にはこのようにうまくいかず、臨機応変な対応が必要になるかと思います。  以下、私の妄想です。

「あなた、私のこと触ったでしょ…!!この人、痴漢です!」

 被害者が振り絞るような声で私を痴漢の犯人だと断定し、電車内で追及してきた場合、きっと、現場は騒然となり、周りから冷たい視線を浴びることになるでしょう。
 私であれば、まず、

「いや、触ってないですよ。」

 と事実を冷静に否認し、そのまま立ち去ろうとすると思います。被害者や周囲の人がそれを止め、それでも、被害者の方が私を犯人と決め付けるようでしたら、携帯電話で録音を開始しつつ、私と被害者の周囲にいた人達に、

「すみませんが、お分かりのとおり、現在、私は痴漢冤罪事件に巻き込まれています。これから捜査が始まり、公判にかけられてしまった場合、無罪を立証していかなければなりません。御迷惑かと思いますが、念のため、連絡先を教えていただけないでしょうか。」

 などと言って、周囲の人に連絡先を可能な限り多く聞いておきます。そして、手を上げた状態を維持しつつ、周囲の人に、

「これから、私は何も触りません。後々、微物検査等を警察に行ってもらうと思います。被害者の方にも触れないように御協力をお願いします。」

 と宣言し、協力を要請します。その間に、被害者の方に、

「痴漢の被害に遭われたということですが、具体的にどの部位に、どのような形で痴漢されたのでしょうか。」

 と言って、被害者の供述を録取しておきます。後々、被害者の供述が変遷するなどした場合に、その信用性を争えるようにするためです。
 そうこうしているうちに、次の駅に着いて、停車駅で降りることになるでしょう。駅員さんが駆けつけてきて、

「ここでは邪魔になるので、駅事務室の方まで来ていただいてもよろしいでしょうか?」

 などと私に同行を求めてくるでしょう。この呼びかけに対して、私であれば、駅のホーム上で、迷惑にならないような場所を探し、

「警察官が臨場するまでは、駅事務室には移動しません。被害者の方にもここを動かないように待機させておいてください。検査結果を担保するためにも、被害者の方に触られた部位と触られ方を具体的に聞いておいていただけますか。また、私が触ったとしたら、その触ったとされる部分に私の皮膚片等が付着していると思います。それが落ちないように被害者の方をなるべく動かさないように配慮してあげてください。」

 などと言って、駅員さんにお願いします。そして、警察官が臨場するまで、待機しておきます。その間、私であれば、駅員さんに鞄から名刺を取り出してもらい、弊所に電話をかけるようお願いし、手が空いている弁護士を呼んでもらいます(一般の方であれば、駅員さんに弁護士会に電話をしてもらい、弁護士をお願いするとよいでしょう。)。

 そうこうしている間に、警察官が臨場するでしょう。臨場した警察官に対し、

「私は犯人ではありません。微物検査やDNA鑑定をお願いします。私は犯行後、一切何も触っていません。また、被害者の方が触られたと主張している部分は○○です。供述が変遷をした場合に備えて、その部位のみならず、広く検査をお願いします。よろしくお願いします。」

 と言って、微物検査を要求します。警察官の任意同行には応じた上で、微物検査を受け、取調べにも応じます。もちろん、一貫して犯行は否認します。

痴漢に間違われたら弁護士を呼んで対応してもらいましょう

 いかがだったでしょうか。上記対応をして、私が現行犯逮捕されないかといえば、必ずしもそうだとは言い切れないとは思います。しかし、有罪にならないためにもすべき行動だと考えています。
 実際に痴漢に疑われた場合、これらの対応を弁護士ではない一般の方が行うことは難しいかと思います。したがって、結局は、弁護士を呼んで対応してもらうのが一番良いと思います。
 弊所では、痴漢事件も含む刑事事件にも力を入れて取り組んでおります。お困りのことがありましたら、弊所まで御連絡いただけたらと思います。