交通事故の場合、多くの場合で大きな争点となるのが「過失相殺」です。
交通事故に伴う損害賠償の問題は、法的には不法行為の問題です。
ある行為者が、自己の行為に起因する損害について賠償責任を負うこととなる要件は、①被害者の法律上保護された利益を侵害していること、②加害者に故意または過失が認められること、③①と②の間に因果関係が認められること、④損害が発生したこととその数額、⑤①と④との間に因果関係が認められること、の5つです。
これら5つすべてを被害者が立証して初めて、加害者に賠償責任があることが認められます。
過失相殺の制度は、上記を前提に、加害者に故意・過失があるとされたことにより加害者の負担となった不利益の一部について、「被害者の過失」を理由に、再び被害者にシフトさせる制度といわれます。
自分に生じる損害を回避したり、減少させたりするための行動が被害者に期待できるときに、そうした行動をとらなかったことによる不利益を被害者自身に負担させる制度といっていいでしょう(潮見佳男「基本講義 債権各論Ⅱ不法行為法」102頁参照(2009年、第2版、新世社))。
では、事故の際に被害者がシートベルトを着用していなかった場合、これは過失相殺上どのように評価されるのでしょうか。
この点、被害者死亡事故について、最三小判平成11年1月29日判タ1002号122頁は、被害者に事故当時シートベルトを装着していなかった過失があり、その過失が事故の損害を拡大させたことを認定して、右の非着用の事実を過失相殺上の事実として考慮しています。
とはいえ、シートベルト非着用が常に過失相殺として被害者に不利益に考慮されるわけではありません。
大阪地判平成19年3月27日交民40巻2号417頁は、
「道路交通法上、車両の運転者はシートベルトの着用が義務付けられており、原告がシートベルトを着用していなかったことについては不相当なことというべきであるが、本件事故態様は、被告の一方的な過失によって発生したものであって、事故発生自体について原告に落ち度はなく、…被告者は…相当程度の速度で衝突し、その衝撃も軽微とはいえず、相当程度のものであったと推測されることからすると、シートベルトを着用していたとしても、衝撃によるいわゆるむち打ち挙動は避けられなかったと考えられ、それを前提とするとシートベルトの非着用が原告の損害についてどれほどの影響を与えたか必ずしも明らかでなく…シートベルトの非着用を理由に過失相殺を行うのは妥当ではない。」
と判断しています。
これは、ざっくりといってしまうと、被害者に過失と評価されるべき事実はありうるものの、これと損害との因果関係がなく、したがって、損害の賠償にあたり過失相殺をして減額すべきではないとの判断です。
また、名古屋高金沢支判平成17年5月30日交民38巻3号635頁は、
「原告は、本件事故当時妊娠34週目であり、シートベルトをしていなかったと認められるものの、妊婦が自動車の運転をしたことの一事をもって過失があるとはいえず、また、我が国では一般的にシートベルト着装が道路交通法上義務とされているものの(同法71条の3第1項本文)、妊婦についてはその義務が免除されている(同法71条の3第1項但書、同法施行規則26条の3の2第1項第1号)ことからすれば、シートベルトをしていなかったことをもって過失があるということもできない。」
と判断しています。
これは、そもそも被害者に斟酌されるべき過失がなかったとの判断です。
不法行為事案において過失相殺の主張立証には常に困難がつきまといます。不幸にして事故等に遭われ、過失相殺でお困りの方は、是非弁護士法人ALG&Associatesにご相談下さい。