前回の子の意思の尊重のテーマでご紹介した裁判例(東京高決平成11・9・20)は、前回も少し触れたように、学説上無断の連れ去り等により作出された環境について評価をしていないため、実力行使に走りがちな関係者に自制を促す決定として評価されています。
(前回の記事はこちら:親権者の決定 ~子の意思の尊重と裁判例~)
しかし、その効果に疑問を持ってしまう裁判例がその直後に出ています。
大阪高決平成12・4・19
事実
夫婦関係調整の調停も不成立に終わり離婚で揉めていたときに、父が次男を無断で連れ去り義母に預けた。その後離婚が認められ、親権者を母とし、次男を母へ引き渡せとの判決が確定(高裁の判決時5歳)。しかし、父は引渡しの強制執行に従わず、次男も母に引き渡されることを拒んだ。その後の父による親権者変更の申立て(9歳)は不成立となり、審判に移行。次男(高裁の決定時10歳)は母の元へ行くことをはっきりと拒否。
高裁の判断
親権者の変更を認めるに足る事情変更があったか(=裁判例上の親権者の変更の判断基準)。
(父との養育環境が固定し経済的にも安定していることなどを挙げた上で)次男の意思が,長年監護してきた父や義母の意向に影響を受けた可能性は否定できない。しかし、意思の形成過程はともかくとして,次男が現在の生活環境から引き離され,母のもとに引き取られるのを強く嫌悪していることは確か。次男がある程度の自己主張をできる年齢に達していることを考えると,この意思を尊重しないといけない。
もちろん,父が子を監護するに至った経緯(連れ去りと判決にも従わず監護を続けたこと)は,当然考慮すべき事情となるが,それを踏まえた上でもなお親権者を父に変更すべき。 次男が現在の生活環境から引き離され,母のもとに引き取られるのを強く嫌悪している状況下で,次男の福祉を唯一・最大限に考慮すると,他の諸事情(父の意向が次男の母に対する拒否感情に影響を及ぼしている可能性があるなど)があったとしても,なお親権者を父に変更すべき。
この事例は、前回ご紹介した裁判例(東京高決平成11・9・20)と比べると、父による子の連れ去りの経緯や連れ去り時の子の年齢、父が子の引渡しを命ずる裁判にも従わず、子も母を拒絶したことなど共通点が多くあります。しかし、全く逆の判断がされています。大きな違いは、今回の事例では裁判時に子が既に10歳になっていた点です。
今回の裁判例によると、幼児の連れ去りの自制を促す効果にも限界があるといえます。子がいったん連れ去られたら、引渡しを命ずる裁判を得ても相手が従わなければ事実上取り返すことはできない以上、連れ去った親としては子の意思が尊重される10歳くらいまで引渡しを拒み続ければ、親権を得られる可能性が高まることになります。
とすると、幼児(連れ去りにより形成された環境は評価されず子の意思表示もさほど考慮されない年齢)といえども、やはり連れ去られてしまったら親権も奪われる危険があります。結局のところ、いくら子の連れ去りが「悪い!」「裁判上もマイナス評価」とはいっても、離婚で揉めだしたら、子どもが連れ去られる前にいかにそれを防止するかが大きな課題といえますね。
弁護士 池田実佐子