今回は、調停での合意に反して、面接交渉の際に子どもを連れ去られてしまった場合、人身保護法に基づく子どもの引き渡し請求が認められるかに関する判例をご紹介します。

 面接交渉は、離れて暮らす子どもにやっと会える機会ですので、それを利用して自分の下に連れてきてしまいたい・・という親の心情は理解できないでもないし、連れ去ったとしても、現在の環境で子どもが幸せに暮らしているなら、問題ないでしょ?と言われると、そのように思われるかもしれません。とはいえ、調停という裁判所が関与した手続きの中で作られた合意を無視してもよい、ということになると、結局実力による子の奪い合いを助長することになり、手続的正義という観点からは大いに問題です。

 まず、幼児の引き渡し請求について人身保護法の適用が認められる要件は、

① 拘束があること
② 拘束が違法であること
③ 違法性が顕著であること
④ 他に救済方法がないこと

とされていますが、調停での合意に反して子どもを連れ去った、という場合は② 拘束の違法性③ 違法の顕著性が問題となります。

 従来の判例は、② 拘束の違法性について、「現在の拘束状態(監護養育状況)が子どもの幸福に適しているかどうか」という観点から判断し、拘束が不当な手段、方法により開始されたかという拘束開始の事情はあまり重視されていませんでした。

 しかし、ここで紹介する判例では、拘束開始時の事情を重視し、「子どもの幸福」という基準を用いず、② 拘束の違法性及び③ 違法の顕著性について判断しました。

 事案の経過は以下の通りです。

 妻が、子どもを連れて家を出て婦人保護施設に入り、離婚調停を申し立てました。離婚調停の期日に、夫が子どもに対する面接を希望し、妻は、調停委員の勧めもあり、調停を円満に進めるためにこれに応じ、面接交渉の合意が成立しました。

 ところが、面接当日、子どもの体調が悪かったために面接は中止となり、改めて妻の代理人の弁護士事務所で面接することを合意しましたが、その際に、夫は、机で封鎖されていた事務所の打ち合わせ室の扉を開けて子どもを強引に連れ去ってしまいました。その後、夫は調停期日に出頭せず、調停は不成立となりました。連れ去られた子どもは、夫の両親と姉夫婦の下で養育監護されており、監護養育状況は良好でした。

 この場合、子の福祉という観点から拘束の違法性を判断すれば、子どもの監護養育状況が良好である以上違法ではない、との判断になりそうにも思われます。

 しかし、最高裁は、

「被上告人(夫)の行為は、調停手続きの進行過程で当事者の協議により形成された合意を実力をもって一方的に破棄するものであって、調停手続きを無視し、これに対する上告人(妻)の信頼を踏みにじったものであるといわざるを得ない。」

として、調停手続きでの合意を無視した行為を重視し、裁判所が関与した合意に反する明白な手続き違反があるとして、拘束開始時の事情から直接に拘束の違法性があると判断しました(最判平11.4.26)。

 調停での合意を破るということは、当事者が思っている以上に重要な意味があるのです。

弁護士 堀真知子