前回の続きで、今回は冒認出願等に関する改正をみてみましょう。

 そもそも、「冒認出願」とはなんぞや?というところから始めたいと思います。冒認出願とは、発明者ではない者が、特許を受ける権利を移転してもらうことなく、無断で出願してしまうことをいいます。

 冒認出願でちょっと思い出しましたので脱線しますが、日本で著名な商標が中国で冒認出願されてしまうということが多発しているそうですね。「冒認 中国」で検索すると、焼酎の森伊蔵が中国で冒認出願されたニュースが出てきます。また、商標だけで足りなくて、都道府県名を出願するというのもありましたよね・・・前にニュースになったのでご記憶に新しいかと思います(冒認と呼べるのかどうかは、本来の意味からすると疑問ですが)。お時間のある方はここ(http://www.meti.go.jp/press/20100610001/20100610001.pdf)をご覧ください。

 富山や福井はあるのに、徳島はありません・・・阿波女の私はがっかりしました(笑)。

 なお、こういう中国での冒認出願に対しては、経産省も注意を喚起しているようで、その経産省オススメの対策についてはこちら(http://www.jpo.go.jp/torikumi/kokusai/kokusai2/pdf/shohyo_syutugantaisaku/china_trademark_manual.pdf#search=’冒認中国’)をご覧ください。

 とまあ、商標でもよくある冒認ですが、特許法の話に戻します。特許法においては、冒認出願に対しては拒絶査定をすべき旨定めておりますし、誤って設定登録されたとしても無効審判に服することにしています。冒認出願は先願とはみなされないので、真の発明者は冒認出願があっても、その後出願して特許を受けることが可能なのです。

 が、現行法においてはひとたび冒認出願が出願公開や設定登録によって特許公報に記載されてしまえば、その時点以降は新規性を喪失してしまうので、真の発明者は特許を受けることができなくなってしまいます。たしかに、新規性喪失の例外規定(前回お話ししましたね)があるのですが、公報記載後6か月以内に出願しなくてはなりませんので、6か月を経過してしまうと結局特許を受けることができないのです。その後、条文上、真の発明者ができることは、腹いせに特許を無効にしてやることくらいでした(笑)。

 判例(最高裁平成13年6月12日判決。いわゆる生ごみ処理装置事件)を見ますと、特許権の移転登録請求を認めていますが、これは非常に射程範囲の狭い判例だと言われております。本当は真の発明者が移転登録請求できるとするのが一番いいのですが、この辺りはいろいろと議論がありまして(議論の中身については長くなりますので省きます)、基本的にはダメだったという解釈でよろしいでしょう。なお、現行法でも不法行為に基づく損害賠償請求でやっつけるのはOKであると解されております。

 さてさて、そのようなやっかいな冒認出願なのですが、一体どこが改正されたのでしょう。改正後の条文をご覧ください。

【74条】 特許が第123条第1項第2号に規定する要件に該当するとき(その特許が第38条の規定に違反してされたときに限る。)又は同項第6号に規定する要件に該当するときは、当該特許に係る発明について特許を受ける権利を有する者は、経済産業省令で定めるところにより、その特許権者に対し、当該特許権の移転を請求することができる。

2 前項の規定による請求に基づく特許権の移転の登録があつたときは、その特許権は、初めから当該登録を受けた者に帰属していたものとみなす。当該特許権に係る発明についての第65条第1項又は第184条の10第1項の規定による請求権についても、同様とする。

3 共有に係る特許権について第1項の規定による請求に基づきその持分を移転する場合においては、前条第1項の規定は、適用しない。

 え! 特許権の移転を請求することができると書いてありますよ? 2項で遡及することまで書いてあってずいぶん大胆ですよね。そう、現行法と判例・通説上は不可能であった移転請求ができるようになったのです。移転請求できないぞ、できないぞ、できるのは生ごみ処理装置事件のようなときだけだ、判例を覚えなさい、とロースクールで散々教えられたことがムダになってしまいました。悔しい!って怒っても仕方ないですね(笑)。もちろん、一般的には移転請求できる方がいいに決まっているので、喜ばしい改正です。

 この改正に関連して、冒認出願等に係わる特許権であることを知らなかった特許権者、専用実施権者、通常実施権者は、移転登録前に実施・準備していた範囲内において通常実施権が認められ(79条の2。第三者とのバランスをとったようです)、冒認・共同出願違反の理由による無効審判ついては、真の権利者のみが請求可能となり(123条2項)、特許権が真の権利者に移転された後には、もはや冒認・共同出願違反を理由とする無効審判請求はできない(123条1項2号・6号)、ということになりました。

 そういうことで、せっかく勉強したことがムダになってやや落ち込み気味の私ではありますが、法改正があるたびに落ち込んでいてはどうしようもないので(その昔、会社法ができたときには論点が減って大喜びしましたが、一方で条文の位置が旧商法と全く違っていて苦労しました)、皆さんと一緒にがんばって改正についていきたいと思います。

弁護士 太田香清