原状回復費用の合理性が鍵 借主の負担範囲を特約に明記

相談内容

 賃貸物件において無断でペットを飼育しており、悪臭やシミなどが残り、原状回復費用が多額に及ぶ見込みです。ペットが原因の損傷について、原状回復費用を請求することはできるのでしょうか。もし、ペットの飼育を許容していた場合には、原状回復の範囲は狭くなってしまうのでしょうか。その場合は、どのような対策を講じておくべきでしょうか。

回答

 ペット飼育は、賃貸物件に対して、予測できない損傷を生じさせることがあり、原状回復費用も多額に及びがちです。特に、室内でペットを飼ったことがないオーナーならばなおさら心配でしょう。賃貸物件においては、ペット飼育を禁止している物件と、飼育を許可制にしている物件が存在しますが、それぞれ原状回復の範囲はどのように考えられているのでしょうか。

 まず、ペット飼育が禁止の場合、誓約書を提出していた事案において、ペットが原因となる悪臭や尿によるシミなどについて、原状回復費用の相見積もりを取った上で安価な方を請求していたことから原状回復の見積もりが合理的なものと認められ、合計414万7176円の支払いを命じた例があります。単に、原状回復費用が高額に及ぶからといって、制限されるわけではなく、損傷の状態を記録化しておくことや高額におよぶ場合には、合理性を担保するために相見積もりなどを準備しておくことも対策になるでしょう。

 次にペットの飼育を許容していた場合についてみると、床やフローリングに生じていた線状痕及び損傷、引っかき傷、クロスの剥がれ、巾木の汚れ、動物の毛の堆積や動物の毛による排水管詰まりがあった事例において、入居者は、ペット飼育を許容したことによって生じた損傷であり、通常損耗の範囲であることなどを主張しましたが、裁判所はこれを認めず、ペットによる損傷は入居者の過失による損耗と認めました。

 一方、ペットの飼育を許容する条件として、「ペットによる壁や床などの異臭、変色、破損汚損などが認められる場合は賃借人が全額その補修費用を負担する」「賃貸住宅紛争防止条例に基づく一般原則は不適用とする」などと合意していた事例において、このような記載では、賃借人が負担すべき範囲に通常損耗を含む趣旨であることが一義的に明白であるとは認められないという理由で、ペットによる特別損耗として明らかである部分に原状回復義務の範囲を限定した事例も存在します。特別損耗のみならず、通常損耗までも負担させる場合には、明確な合意が必要とされるため、特約の記載には注意を払う必要があります。

 ペットの飼育を許諾する場合に、原状回復費用の特約を締結する例も多いと思いますが、結局のところ、損耗の原因や範囲、金額をめぐって紛争になることが多く、きちんと原状回復費用を支払ってもらうことに労力がかかることを避けられません。原状回復費用の負担について、労力を小さくする工夫として、敷金の追加差し入れを求めた上で、敷金のうち一定額について敷引特約を締結した上で、クリーニング費用の金額を明示し、退去時に敷引後の残額から控除するといった方法です。実際に、裁判例においても敷引の償却と残額から金額を明記したクリーニング費用の両方を控除することを認めている例があります。敷引特約については、月額賃料に比して高額に及ぶものでなければ、消費者契約法に違反して無効となるものではないとされており、賃料の2倍から3.5倍程度かつ最大で34万円の償却となる事例でも有効とされており、利用しやすいと考えられます。

 なお、敷引特約がその他の原状回復費用を放棄する趣旨を含まないように合意すれば、特別損耗部分は別途請求が可能と考えられます。