1.債権回収の流れ

 例えば、契約の相手方が売買代金を支払ってくれないので、これを回収したい場合、どのような手順で回収作業を行えばいいのでしょうか。ちょっと、典型的なケースを時系列で見てみましょう。

① 内容証明郵便で請求及び法的措置の警告
② 交渉
③ 訴訟提起
④ 訴訟上の和解又は判決
⑤ 判決に基づいて、強制執行

 典型的には、①→②→③→④→⑤の順番で進んでいきます。
 ①の内容証明郵便で請求して相手が話し合いを求めてくれば、通常はいきなり裁判にならずに、交渉になります。
 しかし、相手が誠意ある対応を見せないようであれば、交渉は時間の無駄になるので、交渉を省略して③の訴訟になることも珍しくありません。
 訴訟になっても、判決まで行くことは希です。判決は、負けた方が大概不服で控訴される可能性があります。これに対し、和解の場合は、双方が納得しているので、不服申立は考えられません。したがって、判決よりも和解のほうが紛争解決力が強い、だから裁判所も積極的に和解を勧めてきます。
 和解がまとまれば、和解の内容に基づいて、被告は支払をしてくれるのが通常です。
 和解がまとまらなければ、裁判所から判決をもらうことになります。
 しかし、判決が出たからといって、自動的に被告から支払がなされるわけではありません。前述したように、敗訴した側は、判決に不服なケースが多いからです。
 そこで、判決の内容を実現するためには、⑤の強制執行が必要になります。強制執行は、被告の財産を差し押さえることによって行います。そして、差し押さえた被告の財産を換金して、自己の債権の満足を得ることになります。これが差押です。

2.強制執行不能のリスク

 強制執行には、それが不能となるリスクが常につきまといます。
 そのリスクは、大きく分けて3つあります。

① 差し押さえる財産が見つからないリスク
② 見つかっても、差し押さえる前に、財産を隠されてしまうリスク
③ 被告の倒産リスク

 3番目の倒産リスクは少し特殊ですので、別の機会にお話ししたいと思います。1番目のリスクは、和解と関係します。多くの事例では、そもそも被告に差し押さえることができる資産があるのか、仮にあるとしてもそれは何か、どこにあるのか、これらの情報がつかめないケースも多いんです。
 このようなリスクを回避するための最大の手段は和解なんですね。このリスクが和解の大きな動機付けになっています。

 差押と仮差押の比較の視点で大事なのは2番目のリスクです。つまり、裁判が終わり強制執行しようと思ったら、財産を隠されてしまったため差押ができないというリスクです。例えば、預金口座を変えられてしまったり、財産の名義が変えられてしまったりして、差押えができなくなってしまうんです。
 このようなリスクを回避するための制度が仮差押なんです。

3.仮差押の構造

 どうして、財産隠しという問題が発生してしまうのかというと、判決をとるまでに時間がかなりかかるからなんです。請求や交渉から初めて裁判に移行し、今度は裁判所でごちゃごちゃ和解の話し合いをする。でも、話し合いが決裂して結局判決をもらうことになる。判決をもらったら、それを債務名義にして強制執行の手続きを別途とらなければならない。こんなことをしている間に、1年くらいあっという間に過ぎてしまいます。そのくらいの時間の猶予があれば、相手が財産隠しをするのに十分な時間ですね。

 そこで、裁判を始める前に、相手の財産を押さえてしまうことができれば、このようなリスクを避けられますね。つまり、預金口座を凍結したり、財産の名義変更をできなくしたり……。これが仮差押です。
 もちろん、これはあくまでも仮差押であって、正式な差押ではありませんので、最終的に債権を回収するためには、後でちゃんと裁判をして判決をもらう必要があります。判決をとった上で、差押をしなければ最終的な債権回収にはなりません。
 でも、裁判途中で、財産を隠されてしまうというリスクは防げますよね。

 仮差押の手続をやると、相手にその段階で財産を隠されてしまうのではないかと心配になるかもしれませんが、安心してください。
 仮差押では、相手を裁判所に呼び出さずに、仮差押命令を出してくれます。債権者側から一方的な話を聴くだけで発令してくれるんですね。そうしないと、債務者に財産隠しをされてしまう可能性があるからです。
 でも、これってけっこう恐いことですよね。紛争当事者の一方の話しか聴かないわけですから。

 そこで、仮差押をやられる債務者の側へのフォローも必要になってきます。
 法律では、原則として、裁判所が仮差押命令を発令する場合、債権者に担保(保証金)を積ませることになっています。
 これは、仮差押を受ける債務者が損害を被った場合の担保です。
 もちろん、債権者の言い分が正当であれば、債務者の被った損害は自業自得です。
 しかし、債権者の主張がいい加減で仮差押が不適切であった場合、債務者は大きな損害を被ります。例えば、預金債権を差し押さえられたら、白黒決着がつくまで、その預金口座を利用できなくなってしまうし、また、銀行や取引先との関係でも信用失墜です。債権者の話を聴いただけで発令されるので、このような事態も起こりうるんですね。
 そこで、債権者に担保を積ませるわけです。担保を積ませておけば、債務者が債権者に損害賠償を請求する場合に、とりっぱぐれる心配がなくなりますよね。

 ということで、仮差押をする場合には、この担保を積むためのお金を用意しなければなりませんので、そのための資金繰りは覚悟しておいてください。
 でも、相手に仮差押する価値がある財産が判明している場合には、先のリスクを回避するためにも、是非、仮差押を検討してみてください。