他人に怪我をさせたとして、傷害の容疑をかけられた被疑者の弁護をしたことがありました。

 事件の内容は、繁華街でたまたま肩と肩がぶつかったことから、口論となり、被疑者が被害者を殴ったことから、被害者が怪我をしたとしたという事案でした。
 被害者が被害届を出したことで事件になりました。

 被疑者から話を聞いたところ、果たして、被疑者だけに落ち度があったのかと疑問に思いました。

 被疑者の話によると、肩がぶつかった際、酔った被害者から罵声を浴びせられたことから、口論になったということでした。また、確かに、被害者の顔を殴ったのですが、先に手を出して暴力を振るったのは、被害者だったとのことでした。被疑者も、被害者に顔を殴られて、口の中を切る怪我をしていました。

 いわゆる「喧嘩」で、正直、どっちもどっちであり、一方的に被疑者が悪いといえる事案ではありませんでした。

 しかし、被害届が出されて、受理されると、あくまで被害届を出した方が被害者、出された方が被疑者という立場になります。

 私も警察官や検察官に、被疑者だけに責任を負わせるのはおかしいと主張したのですが、被害者の処罰感情が強いこともあり、最初は、被疑者に何らかの処罰をせざるをえないと言われてしまいました。

 これには、私も被疑者も納得がいかず、事件の経緯を上申書として出したり、被疑者の怪我の診察をした医師の診断書を出すなど、「喧嘩両成敗」だと強く主張しました。

 結局、当初、被疑者を罰金刑にする可能性が高いと言われていたのですが、不起訴処分になりました。危うく、被害届を出した者勝ちとなるところでした。

 表向き、被疑者と被害者になっていても、内実は違う、そういった事案があるのだと深く考えさせられたものです。

弁護士 楠見 真理子