皆さんは、手術を受けられたことがありますか。
私自身は幸いにして、手術を受けたことがないのですが、私の日常業務の大半が医療過誤事件の代理人活動であるところから、何らかの手術を受けられた方と接する機会は多くあります。

そのなかで、自分の受けた手術は間違いだったので、執刀医を刑事告訴したいという強い意欲を示される方にもよくお会いします。ところが、正しい手術を受けたけれども、執刀医を刑事告訴したいという方にはお会いしたことがありません。
考えれば、手術というのは、侵襲度の大小こそあれ、たとえば皮膚・血管・内臓等に直接触れたり切ったり貼ったりと、人の体を傷つけるものです。手術をしたから執刀医に傷害罪(刑法204条)が成立するということはないのでしょうか。

刑法上の罪が罪として成立するためには、3つの要件があります。

①刑法典中犯罪として記載されている行為にあてはまる行為をしたこと。
②①の行為をしたことについて、特に違法性がないと考えられる要素がないこと(違法性阻却事由がないこと)。
③①の行為をしたことについて、特に責任がないと考えられる要素がないこと(責任阻却事由がないこと)。

法律家は皆(ごく少数の他説を除いて)、基本的に①②③の順番で犯罪の成否を考えていますので、医師の手術がどうなるかについて、①②③の順番で考えてみましょう。

まず、手術で人の体を切ったり貼ったりする行為は、基本的には刑法204条に傷害罪として規定されている行為(「人の身体を傷害」する行為)にあてはまります(①○)。

ところで、医師は、医業をすることができます(医師法17条反対解釈)。医業とは、当該行為を行うにあたり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は及ぼすおそれのある行為(医行為)を反復継続する意思をもって行うことです(厚生労働省通達・医政発第0726005号)。
つまり、医師は、医行為をすることが医師法17条によって許されている、ということになります。
手術は、医師の専門的判断と技術があってこそ人を治療することのできるものでしょうから、医行為にあたるといえます。
医師が医行為として手術を行うことは、「法令又は正当な業務による行為」として、刑法35条により、違法性が阻却されます(②×)。

すると、①②③のうち、②の時点で、医師が通常行う手術には犯罪が成立しないことが明らかとなったので、③は検討するまでもないということになります。

では医師が行った手術であればまったく犯罪が成立しないのかというと、じつは、医師が行った手術であるが、②が認められず、犯罪が成立してしまった例があります。東京高裁昭和45年11月11日判決(昭和44年(う)1043号)です。

この判決は、産婦人科の専門医が、生物学的男性に対し男性器を切除する性転換手術(本件手術)を実施したことについて、本件手術当時の執刀医個人の学識・考慮・経験や、医学上去勢が治療行為にあたるのかにつき見解が分かれていたこと等を指摘し、本件手術の目的、本件手術を行う必要性、本件手術が医学上一般に承認されていた治療方法であるかの点において「甚だ疑問の存するところであり、未だ本件手術を正当な医療行為と断定するに足らない」から、違法性があるとしています。
(もっとも、この判決には、②の点はさておいても、①の点の認定を適切に行ったのか、個人的には疑問の残るところがあります。)

手術は、必ずしもいい結果につながることばかりではありません。手術の結果、不幸な結果になることもあると思います。手術前にも患者さんは悪いところを抱えているのが通常ですし、手術自体、人の体を切ったり貼ったり傷つける行為なのですから、当然のことです。

でも、そのように、人を傷つける手術を行ってでも人を治療することを許されているのは、日本では医師だけなのです。
そうであるからこそ、医師は手術前に、患者さんや患者家族に対し、いい結果につながらない可能性もあることを十分説明するとともに、学識や経験を積んで研鑽し、いい結果につながるよう努力することが求められているのであろうと思います。