1.触った場所からは常に指紋は検出される?

 前回に引き続き「指紋」のお話になります。
 (前回の記事はこちら:指紋のお話

 みなさんは刑事ドラマなどで、刑事や探偵役が「なぜ指紋が検出されないのか」と頭を悩ませているシーンを見たことはないでしょうか。もしくは「指紋が検出されていない以上、この人物は触っていない」と断定するシーンを見たことはないでしょうか。

 このようなシーンは「素手で触った場合、必ず指紋が残り、指紋の検出が可能となる」ということが前提となっています。これをお読みのみなさんの中にも、そのようにお考えの方もいらっしゃるかもしれません。今回は、実はそんなことはないというお話をさせていただきます。

2.指紋の検出が可能な場合

 一般的な現場に残される「指紋」とは、手指の分泌物が触った物に指の指紋の形に残されたものを指します。よって当然のことですが、たとえば手指が乾燥している場合など、分泌物が少ない状態であれば、仮に触ったとしても指紋としては残りづらくなります。また、触った物の種類や状況などによっても、分泌物が付着しづらくなります。たとえば、皮革や木材などは触っても指紋が付着しづらい物質ですし、手垢による汚れを防ぐための加工が施されている物などはやはり指紋は残りづらくなります。

 また、刑事裁判において「特定の人物の指紋と現場で発見された指紋が一致した」というためには、実務上厳格な方法がとられています。そのため、残された指紋が部分的なものにとどまる場合には、実際にはある人物の指紋だったとしても、その人物の指紋と現場の指紋が「一致する」と判断できないこともありえます。

 さらに、十分な指紋が現場に残されたとしても、指紋は手指の分泌物が残っているものにすぎないわけですから、年月の経過や摩耗によって失われてしまうということもあります。

 以上のような理由もあり、仮に素手で物に触ったとしても指紋が検出できないということはあり得る話なのです。

3.指紋検出から見る刑事裁判の難しさ

 すなわち、「指紋が検出されたら、その人物がそのものに触った」と判断することはできますが、「指紋が検出されていないから、その人物は触っていない」という判断はできないわけです。端的に言ってしまえば、犯人が素手で触った凶器について、特に指紋をぬぐうなどをしなかったとしても、指紋が検出されないということはあり得る話なのです。

 冒頭で挙げた「素手で触った場合、必ず指紋が残り、指紋の検出が可能となる」ということを前提とした話は、推理ゲームを成り立たせるためのフィクションのようなものであり、実際の事件はそのように単純にはいきません。

 このような「常に証拠が残るわけではない」という話は、他の証拠についてもある話です。このような事情から、事件の真実を証拠だけから明らかにすることは難しく、それは人が人を裁くという刑事裁判の難しさにもつながるわけです。