こんにちは。前回は被害者の個別的事情について、そのまま扱われているものについてお話ししましたが、今回は、「あるがまま」判決に触れながら、素因に関するお話しをしたいと思います。
 (前回の記事はこちら:被害者の個別的な事情について

 素因とは、被害者の有していた素質であり、損害の発生・拡大の原因となったものを指します。

 判例は、身体的・心因的特徴については、原則として素因減額を認めず、そのまま扱うこととしています。例えば、追突事故に遭い、頸部挫傷の障害を負った被害者の治療が通常より長くかかったのは、被害者の心因性・私病・既往症等に原因があるとして減額が求められた事案では、裁判所は、

「『加害者は被害者のあるがままを受け入れなければならない。』のが不法行為法の基本原則であり、肉体的にも精神的にも個別性の強い存在である人間を基準化して、当該不法行為と損害との間の相当因果関係の存否等を判断することは、この原則に反するから許されない」

と判示しています(東京地判平成元年9月7日判決 いわゆる「あるがまま」判決)。

 「あるがまま」判決が出される以前の最高裁判決(昭和63年4月21日)には、50日の治療が必要だとされたむち打ち症の被害者の治療が10年もの長期に及んだ事案につき、損害の拡大が被害者の精神的・心理的状態に基因するため、そのすべてを加害者の負担させるのが公平の観念にてらして著しく不当と認められるような場合にあたるとして、民法722条2項の類推適用により、賠償額の減額を認めたものがありました。

 もっとも、同判決は、他の事案にも妥当するのか争いがあり、そんな中出された「あるがまま」判決は、当時、反響を呼びました。

 「あるがまま」判決は、損害の公平な分担という損害賠償法の法理からすれば、やや異質な考え方であり、社会保障的な考えに親しむものだという批判がある一方で、「あるがまま」判決は、安易な素因減額をすることのなきよう、慎重な運用を促しているという評価もなされています。