保険会社と示談をするときには、多くのケースで「訴えの提起等をしない。」などの条項を設け、交通事故の被害者が加害者に対して裁判をしないという合意をします。このような合意を一般的に「不提訴の合意」と言います。今回は、この不提訴の合意に関する裁判例(東京地裁平成24年1月18日判決)を紹介します。

 自賠責の後遺障害等級14級の認定を受けた被害者の代理人弁護士が保険会社と示談する際に、不提訴の合意をして、不提訴の合意のただし書として、後遺障害等級14級の認定済みであるが、「それ以上の後遺障害等級が認定された場合、別途協議する。」という内容の合意をしました。しかし、この合意をした約1か月後に、被害者は、高次脳機能障害があり、これが後遺障害等級5級に当たるとして裁判を提起しました。なお、代理人弁護士は、示談したときと同じ弁護士です。

 私は、この裁判例を読んだときに、なぜ14級以上の等級認定が獲得できていないのに、裁判を起こしたのだろうと不思議に思いました。案の定、裁判所は、「訴え却下」という判断をしました。ちなみに、「訴え却下」は、「請求棄却」が請求に理由がない場合に下される判断であるのに対し、そもそも裁判を起こす要件を備えていないという場合に下される判断です。上記の「不提訴の合意」をしてしまうと裁判を起こせる要件を失うことになってしまうのです。

 被害者側の弁護士は、「それ以上の後遺障害等級が認定された場合」には、裁判で14級以上の後遺障害等級が認定された場合も含むと主張しました。

 確かに、裁判所は、自賠責の認定結果に拘束されません。しかし、被害者側弁護士の主張は、そもそも条項の解釈として無理があると思います。もし、認定されている等級よりも上位の等級をとるために裁判を起こせるとしたら、不提訴の合意は全く意味のないものとなってしまうからです。やはり、裁判所も複数あげた訴え却下の理由のうち、不提訴の合意が無意味になるという理由をあげていました。

 代理人弁護士がこのような示談をしたのには、それなりの理由があったと思うのですが、示談から1か月ちょっとで裁判を起こしたということは、示談の際に裁判を起こさなければならない事案だということはある程度予測できたのではないかと思います。そうであれば、不提訴の合意はするべきではなかったと思います。

 この裁判を見て、私も示談の際は、気を付けなければならないと思いました。

弁護士 竹若暢彦