過失相殺とは、事故の原因ないし損害の発生・拡大に被害者の過失が関与している場合に、損害の公平な分担という観点から、裁判所が裁量により、過失のある被害者の損害賠償を減額することを認めた制度です(民法722条2項)。
この点、自賠責保険では、自動車被害者保護・救済の観点から、過失相殺は被害者に重大な過失がある場合に限って行われます(重過失減額)。
具体的には、被害者の過失割合が7割未満の場合には、後遺障害又は死亡に係るもの及び傷害に係るものともに減額されません。そして、後遺障害又は死亡に係るものの場合は、7割以上8割未満の場合に2割減額、8割以上9割未満の場合に3割減額、9割以上10割未満の場合に5割減額となります。また、傷害に係るものの場合は、7割以上10割未満の場合に2割減とされています。
なお、被害者の損害額が20万円以下の場合には、重過失減額は行われません。
他方、任意保険では、自賠責保険における重過失減額のような制限適用はありません。したがって、被害者の過失割合が大きい事故の場合には、任意保険の認定金額よりも自賠責保険の認定金額の方が高額になる場合もあり得ます。このような場合には、自賠責保険からの損害賠償額支払の手続きを先行させた方がよいといえます。
裁判において、過失相殺については、過失相殺を行うか否かとその割合について、本来、裁判所の裁量に委ねられています。
しかし、事故態様はある程度類型化されるものであること、及び事故態様が類似するにもかかわらず裁判所の判断にばらつきが生じると当事者に不公平感が生じます。
そこで、昭和50年に東京地裁民事交通部の裁判官による「民事交通訴訟における過失相殺率等の基準」が公表されました。現在の裁判実務では、右の基準が順次改訂された別冊判例タイムズ16号の東京地裁民事交通訴訟研究会編「民事交通事故訴訟における過失相殺率の認定基準全訂4版」が過失相殺基準として定着しています。
上記の過失相殺の基準では、事故を
① 歩行者と四輪車・単車との事故
② 四輪車同士の事故
④ 自転車と四輪車・単車との事故
⑤ 高速道路上の事故
に分類し、それぞれの事故につき基本過失と各修正要素が示されています。
すなわち、まず、事故類型ごとに「基本過失相殺率」を示し、さらに「修正要素」を示して、事案の特殊性を考慮した過失相殺の判断を可能にしています。
たとえば、「第1 歩行者と四輪車・単車との事故」「2 横断歩行者の事故」「(1)横断歩道上の事故」のうち、歩行者と直線車との事故で、横断中の信号変更なしという場合、歩行者が黄色信号で横断を開始し、車が赤色信号で侵入してきたケースでは、被害者の基本過失割合は10%とされています。そして、たとえば、被害者が児童や高齢者の場合、減額修正要素として5%の減算がなされ、被害者の過失割合は5%となります。
次回は、過失相殺に関する裁判例として、車間距離を十分保持せずに加害者に追随して追越を開始した被害者に40%の過失を認めた大阪地裁平成3年12月19日判決を見てみたいと思います。
弁護士 髙井健一