1.はじめに

 皆様、こんにちは。
 今日は、交通事故により負傷した被害者ではなく、その被害者の近親者の方自身が交通事故のショックにより精神疾患等を発症した場合等に、近親者の方自身がどのような損害賠償請求できるのかということについて考えてみたいと思います。

 交通事故により損害を被ったとして、損害賠償請求する主体は、通常、後遺事故により直接受傷した被害者です。
 しかし、例えば、交通事故で直接の被害者の方が死亡した場合、その被害者の母親等被害者の近親者が、突然の訃報による精神的ショックを受け、PTSD(心的外傷後ストレス障害:強烈なショック体験、強い精神的ストレスが、心のダメージとなって、時間がたってからも、その経験に対して強い恐怖を感じるものです。震災などの自然災害・火事・事故・暴力や犯罪被害などが原因になるといわれています。)など精神的疾患を発症する事態も起こりえます。

2.近親者の損害賠償請求‐①慰謝料

 このような場合に、近親者自身が精神的疾患を発症したことによる治療費などの損害賠償請求をできるのかということを考えてみたいと思います。

 まず、法律上は、民法711条によって、被害者が死亡した場合の被害者の父母・配偶者・子に対して固有の慰謝料請求権を認めています。

 そして、固有の慰謝料請求権が認められる近親者の範囲としては、判例上、父母や配偶者や子と実質的に同視できる身分関係が存し、被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者にも、711条が類推適用される形で固有の慰謝料請求権が認められると解されています。

 また、判例上、被害者が死亡した場合でなくとも、被害者の死亡した場合に匹敵するような精神上の苦痛を受けたと認められるときには、711条ではなく、民法709条・710条に基づいて、近親者自身の権利として損害賠償請求できると解されています。

3.近親者の損害賠償請求‐②治療費や休業損害等

 では、被害者の近親者が、精神ショックで治療や休業(仕事を休む)を余儀なくされたなどとして、治療費や休業損害など慰謝料以外の請求をすることはできるのでしょうか。

 この点に関しまして、慰謝料以外の請求を認めない立場と認める立場とで裁判所の判断は分かれています。

 請求を認めない立場としては、①奈良地判H13年1月31日は、基本的には、当該交通事故における直接の被害者と直接の加害者との間で不法行為責任(民法709条)が生じるのであって、被害者の近親者の方が直接不法行為の当事者として損害賠償請求権を取得することはないとしています。また、②東京地判S46年10月26日は、生命を害された者の一定の近親者は、民法711条によりその精神的苦痛を慰謝すべき慰謝料の請求権が認められるのであり、その精神的苦痛が近親者に具体的にどのような形をとって現われたかは、全て慰謝料を算定するにあたって考慮されるべき事情であるとしています。

 請求を認める立場としては、③横浜地判H23年10月18日は、民法709条は、損害賠償請求権の主体を直接被害を被った被害者に限定しておらず、711条も、被害者の父母が財産上の損害について損害賠償請求をすることを禁じているものではないから、不法行為の加害者は、損害との間に相当因果関係が認められる限り、直接被害者か間接被害者かを問わず、その財産上の損害を賠償する責任を負うとしています。その上で、子が自動車に衝突されることにより、14歳という若さでその生命を奪われることになった場合、その親において、精神的な衝撃から心身の健康を損ない、心療内科に通院することは、通常起こり得る事態であるとして、被害者の父母の治療費の請求を認めています。

4 相当因果関係について

 慰謝料以外に近親者の損害賠償請求が認められる可能性が高いのは、③のように、当該事故と事故による精神ショックで治療や休業を余儀なくされたことなどとの間に相当因果関係があると判断される場合といえそうです。

 例えば、大阪地判H13年8月31日は、2歳の幼い子供が母親の目の前で自動車に轢かれて死亡したために、母親がうつ病を発症してしまった場合に、母親の治療費が事故と因果関係のある損害であるとして、損害賠償請求を認めました。自らの事故の体験とともに子供の死亡を目撃したことで精神疾患を発症したような場合には、近親者自らが負傷していなくとも、交通事故の直接の被害者と同視でき、損害賠償請求が認められる場合もありそうです。

5 最後に

 交通事故により直接の被害者が死亡し又は死亡に匹敵するような後遺症が残り、それにより多大なる精神的苦痛を受けた場合には、近親者も慰謝料を請求することが出来ます。直接の被害者の方の慰謝料を十分に賠償してもらうのはもちろんですが、それだけでなく、近親者の方が受けた悲しみ・ショックなどの精神的苦痛も相手方にきちんと賠償してもらうことも重要であるといえます。