1 はじめに
交通事故の被害者本人に精神的損害がある場合、当然本人は加害者に対し、慰謝料請求権を有することになります。
これに対し、被害者の父母や配偶者の近親者については、民法711条が「他人の生命を侵害した者は、被害者の父母、配偶者及び子に対しては、その財産権が侵害されなかった場合においても、損害の賠償をしなければならない。」と規定し、生命侵害の場合に近親者固有の慰謝料請求権が認められる旨規定しています。そのため、身体傷害の場合には、近親者に固有の慰謝料請求権は認められないとも考えられそうです。
しかし、判例上は、被害者本人が身体傷害にとどまる場合であっても、近親者が、本人死亡の場合に比肩すべき精神上の苦痛を受けたと認められるときには、不法行為の一般規定である民法709条、710条に基づき、慰謝料請求をすることができるとされています。
そして、実際に、身体傷害のケースで配偶者固有の慰謝料請求を認めた例として、横浜地裁平成15年7月31日判決があります。
2 事案
29歳男子会社現場監督の原告は、片側一車線道路左端に車を停車させ、助手席にいた妻と運転を交替するためドアを開けて車外に出て運転席の右側に立っていたところ、飲酒運転をしていた加害車両に追突され、びまん性脳損傷等で長期間入通院しました。その後、高次脳機能障害が3級6号、右複視の12級2号の併合2級の後遺障害を残したとして、原告である被害者本人は約2億3900万円の支払いを、原告の妻は慰謝料として300万円の支払いを求めて訴えを提起しました。
3 裁判所の判断
⑴ 過失割合について
まず、裁判所は、加害車両は安全に被害車両の側方を通過して走行することが可能であったこと、法定速度を10㎞超過して走行していたこと、多量の飲酒をしていたこと及び前方の注視を怠っていたことから、加害者には重大な過失があるとしました。もっとも、被害者本人も、後方の安全を十分に確認すべきであったとして、被害者本人の過失を5%の割合で認めました。
⑵ 後遺障害等級について
続いて、裁判所は、被害者本人には、12級相当の右上直筋マヒによる複視が認められる他、びまん性脳損傷に起因する高次脳機能障害の程度は5級2号に該当するものというべきであり、両者を併せ、被害者本人の後遺障害は4級に相当すると判断しました。
⑶ 近親者固有の慰謝料請求について
さらに、裁判所は、被害者本人の慰謝料請求を認めた他(入通院慰謝料200万円、後遺症慰謝料1700万円)、本件において認定した事実を総合すれば、本件事故によって被害者本人の妻が被った精神的苦痛に対する固有の慰謝料として、100万円を認めるのが相当であるとしました。
4 さいごに
このように、重度の後遺障害が残った場合には、近親者にも固有の慰謝料請求が認められる場合がありますので、「自分が被害を受けた訳ではないし…」等と簡単に慰謝料請求を諦めないことが大切です。