1 はじめに

 交通事故で自動車が損傷した場合、損害賠償請求ができるのは基本的に自動車の所有者ということになります。
 ところで、自動車を分割で購入する際、担保の目的で、買主が分割金を全て支払うまでは、所有権が売主の元に残るという特約がついていることがあります。

 このように、少なくとも形式的には買主に所有権があるような車両を運転していた売主が交通事故にあったような場合、売主は加害者に対して損害賠償請求ができるのでしょうか。
 この点について、法律上どのように考えられているのか考えてみたいと思います。

2 問題点

(1) 代金債務の存続

 所有権留保について、文字通り、売主に所有権が留保されていると考えると、買主は、代金が完済することで、所有権の移転を受けることができたはずですが、分割金の支払いの途中で、第三者の不法行為によって自動車が損傷して廃車となったような場合、所有権の移転ができなくなります。
 この場合の処理については、民法534条1項が定めていて、このようなリスクは債権者(所有権移転に関する買主)が負担することとされています。
 その結果、売主は、自動車が失われたことによって所有権の移転義務が消滅する一方で、買主の代金債務は存続するということになります。

(2) 買主の保護

 このように、売主が交通事故後も引き続き分割金を払い続けなければならないとした上で、既に述べた通り交通事故の加害者に対して損害賠償の請求もできないとすれば、車に乗れない上に代金は全額支払わなければならないということになって、酷ではないかという問題があります。

3 裁判例

 この点について判断した裁判例として、東京地裁平成2年3月13日判決があります。

 判決は、買主は、「売買代金を完済するときは右自動車を取得しうるとの期待権を有していたものというべきであるから、右買主は、第三者の不法行為後において売主に対して売買残代金の支払をし、代金を完済するに至ったときには、本来右期待権がその内容のとおり現実化し右自動車の所有権を取得しうる立場にあったものであるから」、損害賠償請求権を当然に取得するとして買主の保護を図りました。

4 最後に

 今回見てきた問題は、所有権留保の法的構成をどのように考えるのかといった点も絡んで難しい問題ですが、もし、分割金を完済していない状態で事故に遭ってしまったような場合には、弁護士に相談されてみてはいかがでしょうか。

弁護士 福留 謙悟