1 はじめに

 こんにちは、弁護士の伊藤です。

 今回は、交通事故に関連する時効制度を概観した後、権利の消滅時効が到来してしまった場合の被害者救済の法理について紹介したいと思います。

2 時効制度について

⑴ 時効制度の概要 [1]

 時効とは、真実の権利状態と異なった事実状態が永続した場合に、その事実状態をそのまま権利状態と認めて、これに適応するように権利の得喪を生じさせる制度をいいます。そして、権利の消滅を生じさせるものを消滅時効といいます。

⑵ 時効制度の趣旨 [2]

 時効制度の趣旨は、永続する事実状態を尊重して、そのまま権利関係に高め、もって社会生活の安定を図る点にあります。

 また、時効制度の許容性として、権利を有し、それを行使することが可能でありながら、これを行使しないで長期間放置した、いわば「権利の上に眠れる者」は保護するに値しないという理由が説かれています。

⑶ 交通事故に関連する消滅時効

 交通事故の被害者の方に関連する消滅時効制度としては、まず、保険会社に対する損害賠償額の請求(自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」といいます。)16条1項)及び保険会社に対する仮渡金の被害者請求(自賠法17条1項)は、交通事故発生時(自賠法4条・民法166条1項)から3年の経過によって消滅時効に係ります(自賠法19条)。

 次に、不法行為に基づく損害賠償請求権(民法709条など)は、被害者が損害及び加害者を知った時から3年の経過により時効となります(民法724条前段)。さらに、不法行為に基づく損害賠償請求権は、不法行為の時から20年で除斥期間[3] (権利の消滅期間)に係ります(同条後段)。

3 消滅時効と被害者救済の法理

⑴ 早期の権利行使

 万一交通事故の被害にあってしまった場合には、早い段階から、権利行使のためのアクションを起こすことが、まずは原則となります。

 もっとも、事故後間もない時期における困惑・動揺の中で、適切な法的手段を適時に実施することは容易ではありません。

 そこで、事故直後から弁護士に対する相談を行うことも、権利実現に向けた合理的な行動のひとつと考えられます。

⑵ 被害者救済の法理

 交通事故の被害者が正当な救済を受けるためには、まずは早期に権利実現に向けた合理的な行動をとることが大原則となることは前述のとおりですが、交通事故の場合には、事故が原因で重篤な状態に陥り、そのような行動をとりたくてもとることができない方もいらっしゃるかと思います。

 そこで、そうした厳しい立場に立たされた方の救済に資すると考えられる裁判例2件をご紹介したいと思います。

⑶ 保険金請求権の消滅時効

 東京地判平成11年5月28日・判時1704号102頁は、高度障害保険の被保険者が、疾病によりいわゆる植物人間の状態となったものの、保険金請求をできないまま保険金支払請求権の時効が到来した事例です。

 この事例につき、裁判所は、民法158条を類推適用して、心神喪失の常況にある者については、後見開始の審判を受けて、後見人が法定代理権を行使できるようになったときから6か月間は時効は完成しない旨解するのが相当と判示しています。

⑷ 不法行為を原因として心神喪失の常況にある被害者の損害賠償請求権の除斥期間

 最判平成10年6月12日・民集52巻4号1087頁は、不法行為によって高度精神障害等の障害を負って寝たきり状態となった被害者が、損害賠償請求をできないまま不法行為時から20年の除斥期間が経過してしまった事例です。

 この事例につき、裁判所は、被害者の心神喪失の常況が不法行為に起因する場合、不法行為時から20年が経過する前6か月以内に成年後見人を有しなかったときは、その後後見開始の審判を受け、成年後見人がその就職から6か月以内に損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があれば、民法158条の法意に照らし、被害者の損害賠償請求権は除斥期間に係らない旨判示しています。

[1] 我妻榮・有泉亨・清水誠・田山輝『コンメンタール民法(第2版)』287頁
[2] 我妻榮・有泉亨・清水誠・田山輝『コンメンタール民法(第2版)』287頁
[3] 最判平成元年12月21日・民集43巻12号2209頁

弁護士 伊藤蔵人