「保険会社が、治療費の支払を止めると言ってきています。先生、どうすればいいのでしょうか。」
交通事故の案件を扱っていると、必ずと言っていいほど出てくるのがこの質問です。
交通事故に遭ってけがをしたのだから、その治療費を相手方が支払うのは当然なようにも思われます。しかし、この治療費の立替払のシステム(よく「任意一括」と呼ばれたりします)、実は法的な損害賠償請求という観点からすればイレギュラーな対応ともいえるものなのです。
交通事故によって生じた損害の賠償義務は、民法709条以下に規定された不法行為責任に基づくものです。そして、不法行為責任の成立要件は、(1)不法行為(交通事故)、(2)故意・過失(安全運転義務違反等)、(3)損害の発生、(4)これらの間の因果関係、であるとされています。治療費は(3)損害に該当するわけですが、その程度や数額など、どれほどの損害が生じたかは、賠償責任を追及する側、すなわち被害者側が主張・立証しなければなりません。つまり、原則論からすると、とりあえず治療を最後まで受けた上で、どれほどの治療費が必要であったかをまとめて相手方に示し、その回収を図るという流れになるはずなのです。
保険会社が事故直後から治療費を立て替えて払ってくれるのは、相手方が治療を受ける資力がない場合や、重大な事故で高額の治療費が必要となるようなケースが少なくないことから、保険の制度趣旨に照らして被害者に対する配慮を示したものともいうべきなのかもしれません。
このように、治療費の立替払が保険会社の任意の協力のもとに成り立っているものである以上、保険会社が治療費支払の打切りを断行したら、被害者側としては、支払の継続を求めることは基本的に極めて困難です(事案によっては、「仮払仮処分」といって、民事保全を申し立てて治療費の支払を求めることができる場合もありますが、その手続のためには相応の時間が必要ですし、仮に申し立てたとしても、それが認められる可能性は決して高くありません)。
これは、弁護士が介入したとしても同じことです。
結局は、保険会社の担当者に対し、もう少し治療費を見てもらえないか、とお願いして交渉を行うにとどまり、保険会社側がこれに応じなければ、やはり治療費が打ち切られることになります。
保険会社がこのように治療費の任意一括を打ち切ってくるケースでは、被害者が医師の診察を十分に受けないまま、整骨院での施術を受け続けていることが少なくありません。整骨院での施術がむち打ち等の症状に一定の効果があること自体は否定しませんが、保険会社との関係では、柔道整復師や鍼灸師による意見はほとんど意味がありません。
医師があまり親身に話を聞いてくれないとか、仕事の都合で整形外科への通院の時間が取りにくいなど、さまざまな事情があるとは思いますが、医師の診察を等閑にしていると、想定外に早い時点で治療費の支払を打ち切られてしまうリスクがあることを十分に認識しておいていただきたいと思います。