ニュースで報道されるような大きな交通事故が生じると、運転手が逮捕されてしまうことがあります。
しかし、我が国における交通人身事故は、年間で66万5138件(平成24年、警察庁調べ)。
日々、全国で2000件弱の交通事故が生じている計算になるわけで、これら全てのケースで運転手が捕まってしまうわけでないことは皆さんもご存じのとおりです。
では、運転手が逮捕されるか否かを分けるポイントは何なのでしょうか。
まず、法律を見てみましょう。
捜査機関が一般私人を逮捕するためには、「犯罪の嫌疑」、および「逮捕の必要性」が必要であるとされています(刑事訴訟法199条1項本文、2項但書)。
犯罪の嫌疑とは、文字通り、逮捕しようとしている人が何らかの犯罪を行った疑いがあること。
逮捕の必要性については、議論がありますが、逃亡や証拠隠滅の恐れがあり、すぐさま身体を拘束しなければならない事情が存在することをいうと一般に解されています。
自動車を運転しているときに交通事故を起こし、人をケガさせてしまった場合、運転者に全く過失がないときを除き、運転者には「自動車運転過失致傷罪」が形式的に成立します(刑法211条2項)。実際に起訴されたり処罰がなされるかどうかという刑法の規定上、被害者のケガの軽重は犯罪の成否に影響ありません。
そうすると、人身事故を起こしてしまったドライバーについては、ほとんどの場合、自動車運転過失傷害罪という犯罪を行った疑いが存在することになってしまいます。
運転手が逮捕されるか否かを分けるのは、もう一つの要件、「逮捕の必要性」の有無です。
たとえば、事故を起こしたのに現場から立ち去ろうとしたり、免許証の提示を拒んだりした場合、住所や職場を黙秘したり虚偽を伝えたりした場合には、逃亡しようとしているのではないかと疑われても仕方ありません。また、現場に臨場した警察官に対して、つじつまの合わない弁解を繰り返したり、明らかな客観的事情と食い違うような説明をしたりすると、事実を隠そうとしているのではないかと疑われ、証拠を隠滅するかもしれないとのあらぬ疑念を抱かれかねません。
一方で、運転者が社会的に一定の地位にある場合(会社員として就業していることなど)、妻子や親など家族と同居しており、身元の特定が確実にできるような場合には、逃亡の可能性は相対的に低いと考えられるでしょうから、これらの事情は、逮捕の必要性を否定する方向に働きます。
また、被害者のケガの状況も、ここでは意味を持ってきます。
先に述べたとおり、逮捕の必要性とは、被疑者(=運転者)の逃亡や証拠隠滅を防ぐこと。
つまり、将来的に運転者に対して刑罰を科す必要性が認められることが前提となっています。
被害者が擦り傷程度で済んでいるようであれば、多くの場合、ドライバーを逮捕しようとする警察官はいないでしょう。しかし、被害者が明らかに重傷を負っているような場合や、意識がないような場合など、事故が重大であればあるほど、処罰の必要性は高まります。そうすると、捜査機関としては、運転手を拘束しておいて捜査を進めなければならないと考えるでしょうから、逮捕の必要性が高いという判断がなされやすいことになります。
このように、「逮捕の必要性」の要件は、幅広く(時として恣意的に)判断されるものであることがお分かりいただけるかと思います。
初めにも書きましたが、交通事故の大多数は、運転者を逮捕して取調べを行うようなことにはならないものです。しかしながら、仮に逮捕されてしまうようなことがあれば、仕事に行くこともできなくなりますし、家族と会うこともままなりません。
あってはならないことですが、もしも重大な事故を起こしてしまったら、警察官に正確な事情を話すとともに、名刺を渡して自身の身元を明かしたり、配偶者等家族の連絡先なども伝えるとともに、いつでもご自身と連絡が取れること、呼び出しがあればいつでも応じる準備があることなど、逃亡や証拠隠滅の意思がないことをはっきり伝え、「逮捕の必要性」がないことをアピールすることが望ましいといえます。