1 はじめに
交通事故訴訟では、「むち打ち」について頻繁に争いが生じます。
それは「むち打ち」が、未だにメカニズムが明確に解明されていないにもかかわらず、裁判実務としては比較的大きな損害賠償額を相手方に請求できる症例だからです。例えば、後遺障害等級認定で14級を獲得すれば、後遺症慰謝料だけでも、110万円程度の損害賠償請求が裁判上認められます。これに、後遺症逸失利益などが加わることを考えると、むち打ちによって認められる損害賠償額は、頼んだ弁護士や、かかった医師によって大きく左右されると言わざるを得ません。
2 むち打ちに懐疑的な意見
医師の中には、むち打ちは長期化することは少なく、大部分が1~6カ月で治癒すると考えている方が一定程度いるようです。だからこそ、交通事故訴訟でむち打ちを主張すると、保険会社が徹底的に争ってくることが少なくないのです。
しかし既に述べたように、むち打ちのメカニズムは明確には解明されていません。上のようなことを述べる医師の発言の信憑性には疑問があると言わざるを得ませんし、仮に真実であったとしても、大部分の軽症のむち打ち患者の裏に、一部の重症のむち打ち患者(割合が少ないという意味で、実数はかなり多いはずです)がいることは歴然たる事実です。
3 保険会社側の対応
当然ながら、保険会社は支払う保険金の金額を抑えようと様々な工夫をしてきます。一昔前は保険会社は、むち打ちの主張に対し、「交通事故を工学的に解析した結果、むち打ち症は発生しない」といった工学的意見書を頻繁に提出していたようです。しかしながら、このような工学的意見書は保険会社が自らに有利になるように専門家に作成させたものであり、裁判官の間でも信憑性に疑問がもたれていました。現在ではこういった意見書が提出されることは少なくなったようですが、このような過去の経緯からも分かるように、保険会社はむち打ちを認定されないため、あらゆる手段を駆使してきます。
しかしながら、むち打ちは慢性化することも少なくありません。少額での示談に応じてしまった場合、後から追加で損害賠償を請求するのは極めて困難です。
交通事故被害者は、事故によって多くのものを失います。仮にけが自体は治癒したとしても、けがによって失ったものは多いです。
むち打ちには未解明の部分が多く、素人による安易な判断は危険です。もし交通事故にあった後に、少しでも体に違和感を感じたら、医師だけではなく、弁護士などの損害賠償の専門家にも迅速に相談することを心掛けて下さい。
4 むち打ちの重症度分類
ちなみに、むち打ち関連障害は、国際的にはカナダにおける「ケベックむち打ち症関連障害特別調査団」によって定義されています。
グレード0 頸部痛の症状なし、身体所見の異常なし
グレード1 頸部痛の症状あり、身体所見の異常なし
グレード2 頸部痛の症状に加え、関節可動域の制限や知覚障害あり
グレード3 頸部痛の症状に加え、知覚障害などの神経学的所見を有する障害あり
グレード4 骨折または脱臼あり
交通事故の後に上のような症状が生じた場合、むち打ちを疑って専門家に相談すべきでしょう。
弁護士 猪早剛史