(2)個別事情を反映させることはできるか?

 上記のように、慰謝料とは、精神的に被った苦痛のことですから、被害者それぞれによって慰謝料の額が異なるはずです。

 しかし、人間の心の中は見ることができないため、精神的苦痛を金銭に換算するといくらであるかを正確に判断することは不可能です。
 一方で、日々、数多く発生している交通事故については、公平かつ迅速な解決をする必要性が非常に高いといえます。

 そこで、慰謝料の額を怪我の部位、程度や入通院期間の長短によって類型化し、それに応じて定額化することが交通事故に関する保険実務や裁判実務において定着しています(いわゆる赤い本等)。

 したがって、被害者それぞれの個別事情を慰謝料の額に反映させることは原則として認められないといえます。
 もっとも、個別事情を全く考慮しないというわけではなく、当該事故に応じた特殊事情が主張立証された場合には、基準額よりも増額されることがあります。

2 慰謝料の増額事由について

(1)典型的な慰謝料の増額事由

 慰謝料の増額が認められる典型的なものとしては、交通事故の態様や加害者側の態度といった個別の事情が挙げられます。

 具体的には、①加害者に故意がある場合(わざと交通事故を起こした等)、②重過失がある場合(無免許、ひき逃げ、酒酔い、著しいスピード違反、ことさらに信号無視等)、③加害者に著しく不誠実な態度がある場合(被害者の救護に協力しない、被害者に謝罪しない、警察の取り調べに対し、嘘をついたりする等)には、慰謝料を増額すべき事由として考慮されることになります。

 ここで、注意すべき点は、③の事由について、「著しく」不誠実な態度がある場合に増額が認められるということです。
 単に加害者に誠意が感じられない、事故態様について被害者と加害者に見解の相違があったといった程度では、「著しく」不誠実な態度とは評価されません。
 著しくとまではいえない加害者の不誠実な態度については、定型化された慰謝料の額の中で既に考慮されていると考えられます。

(2)その他の慰謝料の増額事由

 (1)で記載した典型的な増額事由のほかにも慰謝料増額が認められるケースはあります。

 まず、慰謝料の補完的作用として、交通事故の他の損害項目に入らないものを慰謝料の中で斟酌する場合が挙げられます。

 具体的には、外貌醜状事案(顔や身体に傷跡が残ってしまった場合)や嗅覚障害事案、生殖機能障害事案といった後遺障害として認定されても、後遺症逸失利益が算定しにくいような場合に、慰謝料を増額することにより、最終的な賠償額のバランスを取ることがあります。
 また、将来手術を行うことになることがほぼ確実であるが、手術費がどの程度になるか、手術によりどの程度の労働能力が失われるか不明な場合にも慰謝料を増額することにより、被害者への賠償額が適切になるように調整することがあります。

 次に、被害者側に特別の事情があり、通常の交通事故の場合に比較して、被害者が被った精神的苦痛が特に大きいと認められる場合が挙げられます。

 例えば、妊娠中の女性が事故に遭い、人工妊娠中絶を余儀なくされた場合、交通事故の被害に遭ったことが原因で離婚や婚約破棄に至った場合等、被害者の人生に関わるような重大な出来事に交通事故が影響を与えてしまった時には、慰謝料の増額が認められます。