標語などにおいて、車は時に“凶器”に例えられます。その多くは、他者加害の潜在的な危険性に対する注意喚起でしょう。もっとも、その殺傷能力に着目する者の中には、車を文字通り凶器として用い、「確定的故意」のもと、傷害や殺人の実行行為に利用するケースもあります。

 このような場合、加害者が刑事手続上の責任追及を受けることは当然です。

 しかし、民事損害賠償の観点からは、例え加害者が任意保険に加入していたとしても、被害者が現実に損害賠償を受けることが出来るかという問題が残ります。

 任意保険(対物・対人賠償保険)の一般的な約款には、「保険金を支払わない場合」として、保険契約者、記名被保険者などの「故意」によって生じた損害、が挙げられているからです。

 そのため、加害者本人の資力がない場合など、現実に得られる損害賠償や補償の範囲が問題となります。

 まず検討すべきは自賠責保険からの回収でしょう。自賠責保険は、被害者救済を趣旨としており(自賠法1条)、加害者の故意は免責事由ではありません。

 また、加害者が「自賠責保険すら加入していない場合」や「ひき逃げ等で加害者が不明の場合」で自賠責保険に対する請求ができない事案であっても、政府保障事業(自賠責保険とほぼ同一の補償内容ですが、支払までに長期を要することや、仮渡金の制度がないこと等の違いもあります)による損害の填補を求めることも検討すべきでしょう。

 もっとも、自賠責保険も政府保障事業も、支払限度額が規定されていることから、全額賠償には足りない場合がほとんどでしょう。

 加害者に対する直接請求の方法としては、民事訴訟を提起する方法の他、損害賠償命令制度の利用も検討されるところです。この制度は、刑事裁判を担当した裁判所が、当該刑事記録を職権で取り調べる、原則4回以内の期日で審理を終了するなど、被害者の立証等の負担を軽減した制度設計となっています。もっとも、これらにより確定判決を得たとしても、加害者に資力がなければ、現実に回収することは困難でしょう。

 残る手段として、「犯罪被害者給付金制度」の活用が考えられます。これは、殺人など故意の犯罪行為により不慮の死を遂げた犯罪被害者の遺族や、重傷病などを受けた犯罪被害者に対し、国より、一定の給付金が支給されるというものです。

 なお、本設例は、確定的故意の事例を前提としたものですが、実際のケースでは、そもそも故意免責事由該当性も争点となり得ます。

 最高裁平成5年3月30日判決の事案は、「男女問題のトラブルに端を発し、ドアを蹴るなどしながら、加害車両の発進を阻止しようとした被害者Xに対し、加害者Aが徐々に車両発進走行させたところ、Xはなおもノブをつかみ、ウインドガラスをたたきながら「降りてこい。」などと言って横歩きで並進してついてきたため、Aが同車を時速一五キロメートルから二〇キロメートル程度に急加速した(Xは路上に転倒し、三日後に死亡)。」というものでした。

 この判例は、「未必の故意」が故意免責条項にいう「故意」に含まれることを前提としつつ、「傷害と死亡とでは、通常、その被害の重大性において質的な違いがあり、損害賠償責任の範囲に大きな差異があるから、傷害の故意しかなかったのに予期しなかった死の結果を生じた場合についてまで保険契約者、記名被保険者等が自ら招致した保険事故として免責の効果が及ぶことはない、とするのが一般保険契約当事者の通常の意思に沿うものというべき」として、被害者が死亡したことに対する損害賠償については同条項による免責を否定しています。

 これは、相当因果関係の判断である不法行為損害賠償と、合理的意思解釈の判断である約款解釈を区別することで、事案に即した解決を志向したものと考えられます。