1 はじめに

 交通事故の被害者が、事故に遭ったことによって、何らかの給付を受けた場合、公平の観点から、その給付の額を賠償額から差し引くことがあります。
 そのため、通勤中に交通事故に遭った場合のように、労災保険給付を受けられる場合、支払われた保険給付の額を賠償額から差し引くべきなのかが問題となります。
 差し引かれるべきかどうかの判断のポイントの1つとして、受けた給付が損害の填補を目的とするものかどうかという点があります。

2 労災保険給付の場合

(1) この点について判例は、

「労働者災害補償保険法に基づく保険給付の実質は、使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであつて、厚生年金保険法に基づく保険給付と同様、受給権者に対する損害の填補の性質をも有する」

としていて(最高裁昭和52年10月25日)、一般的に、損害額から保険給付額を差し引くことが認められています。

※判例は、根拠として、保険給付がなされた場合に、労基法84条2項の類推適用により使用者は損害賠償義務が減免されることや、第三者の行為によって事故が生じた場合に、政府が保険給付をしたときは、政府が保険給付を受けた者の第三者に対して有する損害賠償請求権を代位取得すること(労災保険法12条の4)などを挙げています。→二重の填補を認めていない。

(2) ただし、特別支給金については、差し引くべきではないとされていることから注意が必要です。
 その理由として判例は、「特別支給金の支給は、労働福祉事業の一環として、被災労働者の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために行われるものであり、使用者又は第三者の損害賠償義務の履行と特別支給金の支給との関係について、保険給付の場合における前記各規定と同趣旨の定めはない。このような保険給付と特別支給金との差異を考慮すると、特別支給金が被災労働者の損害をてん補する性質を有するということはできず、したがって、被災労働者が労災保険から受領した特別支給金をその損害額から控除することはできないというべきである(最高裁平成8年2月23日判決)」と述べました。

3 まとめ

 このように、交通事故に遭って労災で給付を受けた場合、相手方に請求することのできる賠償額が変化することがあります。また、差し引かれる範囲についても、無制限に給付を受けた額がそのまま差し引かれるとは限らないという問題もあります。

 その他にも、労災保険給付を受けた場合には、遅延損害金の計算方法など複雑な問題がありますので、適正な賠償額を知るために、一度弁護士にご相談されることをお勧めします。

弁護士 福留 謙悟