1 被害者が死亡してしまうと逸失利益も消滅してしまうのでしょうか?

 交通事故の被害者に後遺障害が残存した場合に、被害者がその交通事故とは無関係な後発事情(病死や後発事故など)が原因となり死亡してしまった場合、交通事故が原因で発生した逸失利益は消滅してしまうのでしょうか。

 逸失利益は、被害者に後遺障害が残存したため被害者が喪失することとなった(多くの場合)67歳までの労働能力に対する補填です。

 このため、後遺障害が残存した被害者が67歳に達する以前に死亡した場合には死亡したとき以降の労働能力の喪失を想定することはできないため被害者の逸失利益は消滅してしまうようにも思えます。

 この点については、①被害者が死亡しても稼働可能年齢(多くの場合は67歳)までの逸失利益は消滅しないとする考え方と、②被害者が死亡すると死亡時以降の逸失利益は消滅するとする考え方がありますが、最高裁判所は①の考え方、つまり被害者の死亡によっても被害者の逸失利益は喪失しないとする考え方を採用しているようです。

 以下では、最高裁で問題となった事案を紹介したいと思います。

2 被害者が心臓麻痺により死亡した事例

 交通事故により精神障害や知的障害などの後遺障害が残存した被害者が症状固定日から7日後にリハビリを兼ねて自宅近くの海岸で貝採りを行っている最中に海中で心臓麻痺を起して死亡した事案(最判平成8年4月25日民集50巻5号1221頁等)があります。

 この事案において、最高裁判所は、逸失利益の算定にあたっては被害者が死亡したとしても交通事故が発生した時点で死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限りは被害者が死亡した事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではないと考えることが相当である旨の判断をしました。

 この考え方の背景には、労働能力の一部を喪失したことによる損害は交通事故の時に一定の内容のものとして発生するものであるため後に生じた事情により消滅するものではなく、また、被害者の死亡という偶然の事情によって賠償義務者が賠償義務を免れる一方で被害者や遺族が損害賠償を受けられなくなることは不公平であるという考え方があるようです。

 また、被害者が症状固定から約3ヶ月後に後発の交通事故により死亡した事案(最判平成8年5月31日民集50巻6号1323頁等)においても上記の最高裁判例の考え方があてはまると判断されました。

3 私見

 上記に紹介した2つの最高裁判例の考え方は被害者と加害者における損害の公平な分担という不法行為(民法709条)の制度趣旨に照らせば妥当性がある考え方であると考えられます。

 ただし、逸失利益ではなく現実に支出すべき費用を補てんする将来の介護費用については被害者の死亡時までに発生したものに限定されるとする最高裁判例(最判平成11年12月20日民集53巻9号2038頁等)が存在することには注意が必要でしょう。

弁護士 藤田 大輔