人の死は予期できないものであり、人の死亡によって開始される相続もそれは同じです。例えば、ある新婚のA(夫)・B(妻)夫婦において、Bのお腹に出産を間近に控えた子供Cが居る状態で、Dが起こした交通事故によりAが突然亡くなってしまい、事故から一週間後に産まれたCはAの財産を相続できるのでしょうか。民法では、「私権の享有は、出生にはじまる」として、権利を有することができる主体となる始期を出生時としているため(民法3条1項)、Aの死亡時に出生していないCにはそもそも相続権が発生しないのではないかとの疑問が生じます。
このような疑問に対し、Bが相続できれば何の問題もないのではないかと思われる方もいるかもしれません。しかし、民法では、被相続人である夫に子(又はその子)がいない場合には、配偶者の他、夫の父母や兄弟姉妹に相続権が発生することを認めているため(民法887条、889条)、Cが相続できないとすれば、Aの死亡時にAの父母あるいは兄弟姉妹が存在する場合、残されたBC家族が相続できる財産は、C出産後にAが死亡した場合と比べて減少することになります(Aの父母、あるいは兄弟姉妹とBの関係が常に良好とはいえないこともご理解いただけるでしょう・・・。)。
予期できない相続において、たった一週間の違いというCの出生のタイミングによってこのような結論の差が出てしまうことは、明らかに不合理であると考えられます。
このような不都合を解消するために、民法は、「胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす」とし、相続の場合は例外的に胎児を上記民法3条1項の規定に該当させるものとして、お腹の中にいる子供についても相続権の主体となることを認めています(民法886条1項。)。これにより、仮に、A死亡時にCがBのお腹に居る状態であったとしても、CはAの財産を相続する権利があることになります。
一方、このことは、損害賠償請求権についても同様で、AからDに対する損害賠償請求権は、Aの死亡時にCに相続されることになります。ただし、あくまで損害賠償請求権を相続することを肯定したのみで、胎児による同権利の行使を認めたとまでは解されておりません。そのため、実際に相続した損害賠償請求権を(母B等が代理して)行使できるのは、Cの出生後になるとされています(大審院昭和7年10月6日判決参照)。
このように、CがBのお腹のなかにいる場合であってもAの財産を相続することはできるということになりますが、もしCが不幸にも死産となってしまうと、上記例外規定は適用されないことになり(民法886条2項)、CはAの財産を相続することができなくなります。つまり、Cが死産となってしまった場合、Bは「A→C→Bという順で相続した」と主張することはできず、Aの父母や兄弟姉妹と、相続分に応じた遺産分割を行なう必要が生じることに、留意が必要です。