Q:父は多額の借金がある一方、唯一の財産としてマンション一棟を所有(抵当権等の担保権設定はなし)しています。

① マンションについて生前贈与を受け、相続放棄をすれば、父の借金は放棄した上で、マンションだけを手に入れることができないでしょうか。

② 特定遺贈の場合、相続債務は承継しないと聞きました。父が死んだ場合に備えて、唯一の法定相続人である私に対し、当該マンションを特定遺贈する旨の遺言書を作成してもらい、相続人としての地位のみ相続放棄することで、マンションだけを手に入れることはできないでしょうか。

A:相続とは

 相続は、(限定承認のような例外的規定の場合を除いては)包括的に被相続人の地位を承継するものであり、個別の財産や債務について承認と放棄を選択することはできません(民法896条、民法920条)。

 また、金銭債務のように可分な相続債務は、相続開始時点で当然に、法定相続分に従い分割されるものとされます(最判昭和34年6月19日判決参照)。

 被相続人の生前であれば、同人の総財産から弁済を受けることが可能であったはずの相続債権者が、被相続人の死亡という偶然の事情によって本来受けられるはずの弁済を受けられないというのは、相続債権者の保護に欠けます。

 このような観点から言えば、本設問はいわば脱法的に相続財産のみを得ようとするものであって、マンションだけを手に入れることは出来ない可能性が高いでしょう。以下、順を負って説明致します。

生前贈与について

 被相続人の唯一の財産であるマンションについて、生前贈与を受けておいたとしても、債権者から詐害行為取消権(民法424条1項)を行使される可能性があります。その要件は、①被保全債権の存在、②債権者を害する行為の存在(詐害行為の存在)、③債務者(設問では父)と受益者の詐害意思(主観的要件)、④財産権を目的とする法律行為であることです。

 贈与は、対価なくして一方的に受贈者に利益を与えるものであって、詐害行為の典型と考えられます。そして、贈与の時点で多額の借金があり、贈与によって無資力(債務超過)となっていたならば、相続開始の前後を問わず、本設問では詐害行為取消権の行使が認められる可能性が高いと考えられます。
 詐害行為取消権は、債権者が取消原因を知った時から2年間又は行為の時から20年間で時効消滅します(民法426条)。

 なお、設問のケースとは異なりますが、可分債務は当然分割されるとはいえ、その引き当てとなるべき(相続開始時点では共有状態にある)相続財産を遺産分割協議にて特定の相続人に集中させ、その他の者は破産する等、(法定相続分を超える分についての)相続財産の帰属を確定させることによる相続債務逃れはありうるところです。この点についても、遺産分割について詐害性を認めた判例があります(最判平成11年6月11日判決)。

特定遺贈について

 包括遺贈では、相続債務についても引き継ぐのに対し(民法990条)、特定遺贈では、対象財産の贈与を受けるものであって相続債務まで引き継ぐというものではありません。

 また、遺贈は、家族法上の行為であるとして、財産法上の行為でないとして、詐害行為取消権の対象外と判断されうるものであり、実際にこれを認めた裁判例や文献も見当たりません。(遺産分割は財産法上の行為として詐害行為性を認めていることとの比較については、私見ですが、通常の贈与の場合、贈与者と受遺者の意思の合致の下行われるのに対し、遺贈の場合、遺贈者の遺言という、一方的意思表示の下に行われ、受遺者としては、「遺贈の承認と放棄(民法986条以下)」を選択するのみであることから、身分行為上の行為である相続の承認と放棄と同様、その性質を家族法上の行為とすることに親和的であると考えることが出来ます)。

 なお、遺贈における受遺者と相続債権者は対抗関係に立つものとされており(最判昭和39年3月6日判決)、不動産の場合では、登記を先に備えた方が優先します(民法177条)。
 相続債権者としては、すでに判決等の債務名義を取得している場合、承継執行文の付与を求めた上で、当該不動産の競売の申立てを行うことになるでしょう。
 強制競売の申立て後、裁判所の開始決定がなされると、裁判所書記官が差押“登記”を嘱託し(民事執行法48条1項)、債務者に開始決定が送達されます。登記嘱託を送達に先行させるのは、実務上の通例です(民事執行の実務第3版不動産執行編上巻140頁参照)。
 判決等を取得していない場合、当該不動産の仮差押えや、後述の相続財産分離を検討することになります。

相続債権者は誰に対し請求をするのか

 もっとも、現実的には、相続債権者が被相続人の死亡を先に把握することは困難な場合もありうるところでしょう。また、相続人全員が相続放棄をしてしまうなど、差押えの相手方となるべき者が見当たらないという場合も想定されます。

 先に受遺者が所有権移転登記をしてしまった場合、まずは、相続人に対する請求を検討することになります。
 相続債務自体は、放棄されない限り相続人が負うことになり、相続人の固有財産からの回収の余地がありうるからです。
 このとき、相続人が無資力で回収できないという場合には、第1種相続財産分離(民法941条1項)を家庭裁判所に請求することが考えられます。財産分離請求における配当の順位は、限定承認における条文が準用されており(民法947条2項、3項、931条)、相続債権者は受遺者に優先します。

 相続人全員が放棄した場合や、そもそも相続人がいない場合(存否不明を含む)には、相続債権者は利害関係人として、相続財産管理人の選任を家庭裁判所に申し立てることが考えられます(民法951条、952条1項)
 相続財産管理人による配当手続も、限定承認の規定が準用されていることから(民法957条、931条)、相続債権者は受遺者に優先します。
 もっとも、これら手続には費用も手間も要することから、相続債権者としては、債権額の多寡等、経済的なメリットとデメリットを比較して、これらを検討することにはなるでしょう。