◇民事信託は、認知能力が低下した場合や死亡した場合に備えて、自己の財産の行く末を継続的に設定しうるところに活用のメリットがあります。
 次に挙げる事例は、受益者連続型信託による解決を想定した事案です。

1 本件の事例

 Xは▲家の長男【2人兄弟】であり、父母はすでに他界している。Xは、父が死亡した際に不動産A・Bを単独相続しており、A不動産に妻とともに居住している。B不動産は賃貸し、収益を得ている。X夫婦に子供はいないが、Xの弟には子供がいる。

 Xは、先祖代々受け継いできたA・B不動産を▲家に残すことを希望する一方で、自分が亡くなった後、妻がA不動産に居住し続け、B不動産からの賃料収入を得る等、同女の生活基盤が確保されることも強く希望している。

2 相続(遺言等)による処理の場合

 上記事例の場合、Xの法定相続人は、Xの妻(4分の3)とXの弟(4分の1)となります。Xが遺言等を残さない場合、この法定相続分を基本に、遺産分割協議等が行われるでしょう。A不動産にXの妻が居住し続けられるか否かは、他の相続財産の多寡やXの弟の意向等が影響しうるところです。

 遺産分割協議の結果や、Xが遺言で、「A・B不動産をXの妻に相続させる」と記載し、Xの妻がA・B不動産を取得させてしまうと、同女が死亡した際に、A・B不動産は妻の親族が法定相続人となってしまい、これら不動産を▲家に残すことができなくなってしまいます。

 これを回避するためには、Xの妻が、Xの弟にA・B不動産を遺贈するとの遺言を作成する必要がありますが、遺言は書き直される可能性があること、死亡前に売却される可能性もあること、同女の親族の遺留分の問題が生じてしまうこと等、可能な限りリスクを抑えた方法とは言い難いところです。

 他方で、Xの遺言内容を負担付遺贈(A・B不動産はXの弟に取得させ、Xの妻が死亡するまでの間、A不動産に同女に居住させる、B不動産の賃料相当額を支払う等の負担)とする方法により、妻の生活とA・B不動産の行方の双方に配慮することも考えられます。

 もっとも、負担付遺贈を受けるか否かの選択権は、受贈者たるXの弟にあります。経済合理的な判断とは言えませんが、Xの弟が負担付遺贈を放棄してしまった場合、負担の利益を受ける者(Xの妻)が受贈者となってしまい(民法1002条2項)、同様のリスクが生じてしまいます。

3 民事信託スキーム

 民事信託では、受益者(当該信託財産の利益を受ける者)を段階的に設定することができます(受益者連続型信託、相続税法9条の3)。  信託契約は、委託者の生存中に設定されることになりますので、上記事例では、当初受益者をX、Xの死亡後は第2次受益者としてXの妻と規定の上、帰属権利者(信託終了後に信託財産を帰属させる者)としてXの弟を指定することが考えられます。

 存命中は当初受益者たるXが信託財産たるA・B不動産からの賃料収入等の利益を享受し、Xの死後は第2受益者たるXの妻が、死亡までの間その利益を享受することとなり、同女の死後は▲家にA・B不動産を遺すとの目的を達成するため、受益者連続型信託のスキームを利用したものです。

 信託においては、受託者に形式的な所有権が移転し、その旨登記もされていること、受託者の処分権限は、信託の目的として定めた範囲内に限定されること等から、売却されてしまうリスクを抑えるとともに、生前贈与や遺言でXの妻に不動産を与えた場合に生じる、同女の親族に不動産が渡ってしまうリスクも抑えることができると考えられます。

4 小括

 このように、委託者の目的に沿ったスキームを構築しうるところに、信託のうまみはあります。あくまで相続対策であって、遺留分逃れや、節税効果は期待しないほうがいいでしょう。この点は次回のブログにて。

◇あわせて読みたい民事信託シリーズ
民事信託って何?①導入編
民事信託の活用事例その1(民事信託②)
民事信託と遺留分(民事信託③)