◇民事信託とは?
巷で話題の民事信託・家族信託。新しい相続対策や相続税対策等のふれこみで、セミナーなども開催されているようです。読者の皆様の中にも、「耳にしたことはあるけれどいったいどういうものなのか」、「どんなことができるのか」、「メリット・デメリットは何なのか」、「税金はどうなるのか」など、疑問を持たれている方もいることでしょう。
今回は基礎知識がメインですが、次回以降は信託スキームの一例を紹介し、なるべく相続に絡めて、遺言や生前贈与と比較しながら回をまたいで解説していきます。
(1)信託って何?
簡潔に言えば、信託とは、自分の財産を切り離し、目的を定めた上で人に託して管理・処分させることです。
一般的な認知度が高いのは、信託銀行の“投資信託”でしょう。これは、消費者(委託者)が、信託銀行(受託者)に対し、資産運用を目的と定めた上で、財産を託して管理処分(投資運用)させるものです。
この運用によって生じる配当などの利益は、信託契約で定めた受益者が受けることになります。
(2)信託の主な登場人物
投資信託は、商事信託(≠民事信託)ですが、信託の主な登場人物が、委託者、受託者、受益者の3名であることはご理解いただけたことでしょう。
受益者の定めのない信託もありますが、(目的信託、動物は権利主体ではないので、以前のブログで取り上げたペット信託もこれにあたります)、基本的にこの3者は、毎度登場する人物です。
(記事はこちら:天涯孤独の私がペットのためにできること)
また、委託者兼受託者、委託者兼受益者、受託者兼受益者のように、この3者のうち2者は同じ人物が兼ねることができます。信託銀行の“投資信託”を思いかえすと、「自分の老後に備えた資産運用」など、委託者と受益者が同じ、という場面は想像しやすいかもしれません。
さらに、この3者はそれぞれ複数名を設定することもできます。相続との関連では、受益者を複数名設定したり、当初受益者と第2受益者(受益者連続型信託、相続税法9条の3)を設定したりと、目的に合わせたスキームを組むことも想定されるところです。
(3)その他の登場人物
基本となる三者(委託者・受託者・受益者)の他にも、受益者を指定・変更できる「受益者指定権者(信託法89条)」や、受益者のために受託者を監督する「信託監督人(同法131条)」、受益者が存在しない場合に、受益者の権利を行使する「信託管理人(同法123条)」など、信託の内容に応じて任意設定される人物もいます。
受益者代理人(同法138条)は、その名のとおり、受益者に代わって受益者の権利を行使する者です。受益者がまだ幼い場合のように自ら権利行使することが困難な場合や、受益者複数の場合に権利行使を統一させる場合などが想定されます。
また、同意者は、受託者の信託財産の管理処分につき同意権を、指図権者は、受託者の信託財産の管理処分につき指図する権利を有する者です。
例えば、株式を信託した場合に、委託者を指図権者とすることにより、配当等の利益は受益者が取得する状態としつつ、委託者は信託後も議決権行使に関する指図を行うなどの場面が想定されます。
(4)信託財産の形式的・実質的帰属主体
信託を設定すると、当該信託財産は委託者の財産から切り離され、信託目的に沿う限り、受託者の排他的な管理・処分に服します。また、形式的な所有権も受託者に帰属し、不動産のように登記が対抗要件となっているものについては、信託の登記を行うことになります。
受託者は、信託の本旨(≒信託目的)に従うことや忠実義務・善管注意義務、処理状況の報告義務等が課されるとはいえ、財産の管理処分について受託者には、広い裁量が与えられる場合が多いことから、民事信託では、信頼できる受託者の確保が不可欠となります。
受益者は信託財産から生じる実質的利益を受ける者、いわば実質的な所有者とも言うべき立場となります。税務上も信託財産は、受託者ではなく、受益者の財産として課税される、というのが基本です。
(5)小括
このように信託は、信託の本質に反しない限り、信託の目的や誰を受託者・受益者にするか等、契約内容の自由度は広範に及びます。
自由に設定できるが故に、自身の財産を人に託す委託者としては、信託の基本構造を理解した上で、信託目的を達成するためのいわば“設計図”を作成しなければなりません。民事信託は比較的新しい取り組みですので、裁判実務で判断されていない点も多く、事前のリスク管理も重要です。遺留分への配慮や、利益相反の問題、委託者の意思能力確認などもケアしておく必要があるでしょう。
遺言等、既存の処理方法との比較も必要になるでしょう。これら方針選択や、スキーム構築、信託契約にかかる公正証書案の作成等が、弁護士等の専門家介入の主な場面の一つです。次回以降、民事信託の典型事例を紹介していきます。
◇あわせて読みたい民事信託シリーズ
・民事信託って何?①導入編
・民事信託の活用事例その1(民事信託②)
・民事信託と遺留分(民事信託③)