1 セックスレス?

 何年か前に、私の事務所に訪れた若い女性相談者の話です。

 その女性は、まだ結婚したばかりだというのに、離婚したいというのです。理由はセックスレスだということでした。結婚期間は、ほんの数カ月ということでしたが、初夜に結ばれて以来、夫が全く求めてこなくなったそうです。

 結婚20年のベテラン夫婦ならばともかく、結婚したばかりの若い男女がセックスレスだというのですから深刻です。これは十分離婚原因になると考えた私は、早速、家庭裁判所に離婚調停を申し立てました。

 そして、第1回調停期日。夫も調停に出てきましたが、弁護士はつけなかったようです。
 この日は、たまたま私の依頼者が体調を崩してしまったため、私ひとりで裁判所に行ってきました。

 相手方とは直接会っていませんが、調停委員から聴いた話で、奇妙な事実が分かったのです。夫の言い分では、初夜の次の日も妻を求めたが妻に拒否された。その日以来、どちらからも求めなくなったということでした。そして、その夫は、確かに初夜以降、関係を持っていないけれども、いわゆるセックスレスとは違うと言い張っていたそうです。

 セックスレスとは違うと言われても、現実問題として、初夜で結ばれたのが最初で最後なんです。どう考えてもセックスレスだと思います。
 それなのに、夫の言い分は「セックスレスではない!」ということで、わけが分かりませんでした。

 調停委員も理解に苦しんだようで、何度もその夫に尋ねたそうですが、それ以上話しをしてくれなかったということでした。

2 そ、そうだったのか…。

 後日、調停での話を報告するために、依頼者を事務所にお呼びしました。

 「確かに、初夜以降、関係を持っていないが、決してセックスレスではない!というのがご主人の言い分のようです。私には意味がわかりません。何か心当たりはありませんか?」

 私がこう尋ねると、彼女はとても困惑した様子で、とても話しにくそうにしておりました。

 「やはり、心当たりがあるのですね…。話しにくいかもしれませんが、是非、お話いただけませんか…」

 すると、彼女は重い口を開き、私にこう言ったのです。

 「彼、早漏なんです!早漏は立派な性的不具です!」

 「………」

 「早漏ではセックスはできません。だから性的不具者と同じです。そうは思いませんか?」

 彼女の話では、夫と結婚するまでに男性関係が全くなく、夫が初めての男性だったそうです。これが災いしたようです。要するに、男のことを全く知らなかったわけです。

 彼女は少々興奮気味でしたが、私は彼女を諭すようにこう説明しました。

 「そうですか、ご主人は早漏だったんですか。それは残念です。実は、ご主人が早漏であるということは、奥様にとって大変喜ばしいことなんです」

 「えっ?そ、それはどういうことですか?」

 「男というものはですね、女性が魅力的だと早漏になり、魅力がないと遅漏になるんです」

 「……………」

 「つまり、女性が魅力的だと興奮しすぎて早漏になってしまうというのが男のメカニズムなのです。だから、ご主人が早漏だったということは、奥様が大変魅力的だったということになります。でも、時間の問題で早漏も遅漏になっていきます。奥様にだんだん飽きてくるからです。もし、初夜で遅漏だったら大変です。そのカップルは3カ月ともたないでしょう。」

 「そ、そ、そうだったんですか…。だったら、初めからそう言ってくれればいいのに…」

 「ご主人は、早漏だったこと以外に、何か問題のある人でしたか?」

 「いいえ、とてもいい人でした。早漏が唯一の欠点でした」

 「そうですか、それは残念でした…。早漏で破局とは…」

 調停で離婚は成立しました。今さらよりを戻すには遅すぎたようです。
 でも、慰謝料はもちろんナシです。まさか、早漏以外に落ち度がないご主人に損害賠償義務など生じるはずがありませんから…。