1.はじめに

 こんにちは。
 今回は、以前某テレビ局の連続ドラマでもやっていた「熟年離婚」の問題を取り上げたいと思います。

 熟年離婚とは、一般的に、婚姻期間20年以上の夫婦が離婚する場合を言います(一方で、子どもの養育を終えた後に離婚する場合を言うとする考え方もあります)。

 仕事一筋で家族を顧みない夫に対して日々不満・ストレスを溜める妻。「こんな生活から早く脱却して、一人でのびのびと生活したい…」との思いが募るばかり。子は自立してくれて、手をかける必要もなくなった。そして夫が退職。満を持して三行半(記入済みの離婚届け)を突き付け、「あなたとはもうやっていけない」として、離婚を要求。しかし、離婚を請求された夫としては、何が離婚理由になるのか皆目検討もつかず、とまどい、反発する。

 熟年離婚と聞いてイメージする典型例は、概要このようなものではないでしょうか。

 それでは、この熟年離婚の問題が裁判所に持ち込まれた場合、裁判所は離婚を認めてくれるのでしょうか。この点に関しては、東京高裁平成13年1月18日判決が参考になりますので、以下でご紹介します。

2.事案の概要

 夫と妻は昭和35年に結婚、判決時にはいずれも65歳。両者の間には子が二人おり(娘と息子)、いずれも成人した。

 夫はいわゆる仕事人間で、家庭生活を犠牲にすることが少なくなく、妻への思いやりを欠く面があった。妻は主婦として身の回りの世話を献身的にしてきた(妻は、朝が早い夫のために、ベッドまで朝食を運び、歯ブラシを用意し、立っている夫に背広を着せ、靴下をはかせていた。また、夫の帰りが遅くなっても、夫の帰宅時には必ず家にいて夫を迎えることとなっていた。夫が疲れて帰宅したときに妻が風呂や夕食の準備をしていないことは許されなかった)。妻は病気がちで、病気へのり患と治療を繰り返すことに悲観的になり、家事も十分にできなくなった。

 妻は、感情や望みを押し殺して、ひたすら夫が気に入るような生活をすることを優先して我慢してやってきたとして、離婚を主張。これに対して、夫は、今後も助け合って生活していきたいと、婚姻の継続を希望。妻は娘とともに家を出て(夫と娘は確執状態にある)、別居期間は3年3か月に及んだ。息子は、離婚に反対した。

3.裁判所の判断

 第一審裁判所が、妻からの離婚請求を認めたのに対して、第二審である東京高裁は、主に以下の理由から、夫婦間の婚姻関係は未だ破綻しているとまでは言えないとして、妻による離婚請求を否定しました。

① 夫が会社人間であり、妻に対して、思いやりに欠ける面がなかったとはいえないが、夫は、格別に婚姻関係を破綻させるような行為をしておらず、両者の関係が、通常の夫婦と著しく異なっているわけでもない。

② 妻は、次々と病に見舞われる中で、自らの置かれている立場や老後の生活について適切に判断できていないふしがある。

③ 妻は、娘とともに家を出ており、娘の意向が妻の意向に強く関わっていることが伺われるが、現状は、長女に自立した人生を歩ませるという観点から、好ましいものではない。

④ 夫は、夫婦の年齢や妻の病弱なことなどを考慮して、離婚をさけるべきであるとして、婚姻関係の継続を強く望んでおり、息子も、婚姻の継続を強く望んでいる。

4.この裁判例から言えること(教訓)

 この判決後、妻は直ちに上告しましたが、棄却されたため、再び離婚調停を申し立て、二度目の訴訟が提起されました。そして、二度目の高裁判決では、結局、妻による離婚請求を認めました。上記離婚請求の判断から最終的な離婚認容の判断がなされるまで、約5年半近くかかる結果となりました。

 熟年離婚では、不貞行為といった分かりやすい破綻原因がからまないため、離婚が認められるか否かは、それまでの夫婦生活に照らして、両者間の婚姻関係が破綻していると言えるかという、裁判官の「評価」によることになります。そのため、個々の裁判官の婚姻観や価値観次第で、結論が肯定と否定のどちらにも転びうることになります。

 似たような事例でも個々の裁判官によって判断がまちまちなると、離婚を求める側としては、破綻認定をしてくれる裁判官に会うまで、あるいは相手が諦めてくれるまで調停や裁判を繰り返さなくてはならないということもあり得ます。そうなれば、当然、時間も費用も労力も余分にかかります。

 個人的には、担当裁判官の「アタリ・ハズレ」で当事者が翻弄されるのは酷ではないかという疑問もありますが、現状、一定期間の別居があれば離婚を認めるといった客観的な指標が確立されているわけでもないので、裁判官依存という問題を避けて通ることはできません。

 このブログをご覧いただいている方の中で、もし熟年離婚を検討している方がおられましたら、上記に述べた裁判上の問題点も十分考慮した上で、なお離婚に踏み切るべきか否かを検討した方がよいと思われます。