今回は、「藁の上からの養子」というテーマを取り上げます。
「藁の上からの養子」とは、産まれて間もない他人の子を貰い受けて自己の嫡出子として虚偽の出生届を提出し、「実子」として育てるというものです。
このようなことは、非嫡出子の出生の秘密を隠したり、戸籍上養子という事実を残さないことを目的として、近代以前から広く行われてきました。
しかし、出生届出に医師等が作成する出生証明書の添付が義務付けられている今日においても、虚偽の届出が完全になくなったわけではありません。
今回詳しくは触れませんが、特別養子縁組の制度が創設される前、人工妊娠中絶を求める女性患者らの産んだ新生児220人について、養育を希望する別の両親の実子とする虚偽の出生証明書を発行して引渡したとして、医師が医師法違反等で処分を受けた「菊田医師事件」という事件は1970年頃に起こったものです。
このような「藁の上からの養子」の問題が、実際に紛争として顕在化する場面はどのような場合でしょうか。
次のような事例があります。
ケース
AはYを出産しましたが、子供が欲しくてもなかなか出来なかったBC夫婦はYを自分たちで育てたいと懇願し、Yを自分らの子として、その虚偽の出生届出をしました。その後、BCは実子Ⅹを出生しました。
Bの死亡時はその遺産を遺言によりすべてCが相続しましたが、Cの死亡時にその遺産をどのように相続するかⅩ・Y間で揉めることになり、ⅩがYに対して、YとBCとの間に実親子関係及び養親子関係が存在しないことの確認を求めて提訴しました。
上記のような事案で、最判平成18年7月7日(民集60巻6号2307頁)は以下のように判断を示しました。
原則的には、真実の実親子関係と戸籍の記載が異なる場合には、実親子関係が存在しないことの確認を求めることができるとしつつ、戸籍上の両親以外の第三者である丁が甲乙夫婦とその戸籍上の子である丙との間の実親子関係の存在しないことの確認を求めることが権利の濫用にあたる場合として以下のような要素をあげました。
① 甲乙夫婦と丙との間に実の親子と同様の生活の実体があった期間の長さ
② 判決をもって実親子関係の不存在を確定することにより丙及びその関係者の被る精神的苦痛、経済的不利益
③ 改めて養子縁組の届出をすることにより丙が甲乙夫婦の嫡出子としての身分を取得する可能性の有無
④ 丁が実親子関係の不存在確認請求をするに至った経緯及び請求をする動機、目的
⑤ 実親子関係が存在しないことが確定されないとした場合に丁以外に著しい不利益を受ける者の有無
①~⑤の諸般の事情を考慮し、実親子関係の不存在を確定することが著しく不当な結果をもたらすものといえるときに権利の濫用にあたるとしました。
つまり、藁の上からの養子の場合、虚偽の出生届は無効であり、それによって実親子関係が成立するわけではないことが大原則ですが、上記事情を考慮して著しく不当な結果となる場合は虚偽の出生届を出された子の法的地位は守られるということになります。
本判決は民法上の親子関係は必ずしも血縁関係と一致するものではない制度であることを根拠にすることにより、法律的親子関係の成否に関し、子の生活実態の保護などの要素について重視して判断した最初の最高裁判例です。
本件の趣旨は、親子関係不存在確認請求の目的が遺産紛争などの財産的紛争性の有無・強弱を権利濫用適用の枠組みとするのではなく、むしろ親子関係の社会的実態・身分占有的な子の利益を保護するために権利濫用論を肯定する趣旨であると解釈できます。
残された問題は、本判決の射程範囲(藁の上からの養子による請求等)に関し今後の動向に注目する必要があるでしょう。