「春光うららかな季節、皆様ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。」
1.導入
さて、今回から、著作権法入門と題して、著作権法の基礎的な事項について説明していきたいと思います(いつ、どこまで連載が続くかは不明です)。
最初は、そもそも著作権法で保護される「著作物」とは何なのか、ということを説明したいと思います。
2.著作物とは
著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法2条1項1号)とされています。これを分解すると、著作物とは、①「思想又は感情」があり、②「表現」されたもので、③「創作性」が認められ、④「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」でなければならないということになります。以下、個別に見ていきましょう。
3.①「思想又は感情」があること
(1)この要件に関しては、「人間の何らかの精神活動があれば足りる」と考えられています。
したがって、何らかの表現がされていれば、思想又は感情の表現がないとされることはめったにありません。
(2)ただし、(ア)客観的な事実自体、(イ)動物又はコンピューターによる作品、については、人間の思想又は感情の表現とはいえないため、原則として「思想又は感情」の要件を満たさないと言われています。(ただし、(ア)については、感情をこめて客観的事実を伝えることも考えられるため、思想又は感情がないというよりは、後述の創作性の要件との関係で著作物性を否定すべきという考え方もあるところです。)
4.②「表現」されたものであること
(1)「表現」とは具体的には、外部的に表現されたものであることを要するということであり、「思想又は感情」それ自体(=アイディア)は著作権保護を受けないということを意味しています。
要するに、頭の中にある「アイディア」が保護されるのではなく、そのアイディアを基に具体化した「表現」が保護されるということです。
(2)しかし、「アイディア」と「表現」の境界は曖昧です。その代表的な事件として「みずみずしいスイカ事件」(東京地判H11.12.15判時1699号145頁、東京高判H13.6.21判時1765号96頁)という面白い名前の事件があります。
事案は、単純化すると、スイカを並べた写真について、地裁判決は「アイデアの点で共通する」に過ぎないとして「表現」であることを否定したのに対し、高裁判決は「表現」であることを肯定したものです。
この判決に対しては、学会でも賛否両論であり、アイデアなのか、表現なのかについて、明快な基準は用意できないのが現状であるといえます。
5.③「創作性」があること
(1)創作性とは、表現者の個性が何らかの形で表れていれば足ります。独創性や新規性は必要ありません。
(2)創作性が否定されるものとして、例えば(ア)知的活動でないもの(例えば、夏目漱石の「こころ」を丸写ししたもの)、(イ)ありふれた表現、などがあげられます。
(3)これについても、基準としてははっきりしないところがありますね。ただし、近時の有力な見解として「創作法的選択の幅論」というものが主張されています。
これは、創作性を「表現の選択の幅が広く存在する状態において表現者が特定の表現を選択するという知的活動」と理解する考え方です。要するには、いろいろな表現の仕方があるけれど、その中で1つの方法を選んだという場合には、創作性が肯定され、反対に、こういう場合にはほとんどそのような表現になるのではないか、という場合には創作性が否定される、ということです。
ひとつの考え方ですが、基準としては、分かりやすくはなるように思います。
6.④「文芸、学術、美術または音楽の範囲」に属すること
(1)この要件に関しては、広く「知的・文化的な包括概念の範囲に属するもの」であればよいと解釈されています。特定の表現が、これは文学に属する、これは学術に属する・・・などと議論する必要はありません。
(2)この点、否定される例として(ア)視覚・聴覚以外による表現、(イ)実用品の形態、が挙げられます。(イ)には、応用美術の問題という非常に難しい問題があります。
例えば、単なる椅子に著作権を認めると、他の人が椅子を作れなくなってしまいますので、著作権上の保護を与えるわけにはいきません。しかし、非常に美術的な椅子であればどうでしょう。著作権上の保護を与えても良いのではないのか、という問題です。
複雑な論点なので、詳述は避けますが、保護される場合もある、というのが結論です。
7.まとめ
さて、ここまでの議論を前提に、上記「春光うららかな季節、皆様ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。」という文が、著作権上保護されるのか、検討してみましょう。
まず、「お喜び申し上げ」ていることを伝える文章なので、要件①、要件②は満たすでしょう。また、④についても、あいさつ文の類であり、満たすと考えてよいでしょう。
しかし、要件③については満たさない可能性が高いです。こういったあいさつ文は、いわば定型句のようなものであり、表現者によって内容が異なってくる=選択の幅があるものではないと考えられるからです。
したがって、上記のあいさつ文は、著作権上保護されないと言えるでしょう。(そもそも、このような挨拶文が著作権法の保護の対象になってしまうと、手紙のあいさつ文も書けなくなって困ってしまいますよね。)
弁護士 水野太樹