1.
前回まで権利変動の原因行為となる法律行為の否認についてお話ししましたが、今回は、原因行為自体ではなく、原因行為に付随する対抗要件の否認についてお話します。
2.
例えば、ある不動産の売買をした後買主が登記を具備せずにいたところ、売主が手形不渡りを出したため、あわてて買主が購入した不動産について登記を備え、その後売主が破産手続き開始決定をうけたとします。ここで、売主としては、すでに売買契約をしているのだから、売主の破産手続き開始決定後に登記のみ否認されることはないと考えるかもしれません。
しかし、破産法164条1項は、支払停止後の対抗要件具備行為であって、原因行為から15日を経過してなされたものは、受益者が支払停止等について悪意であれば否認できることを規定しています。そして、ここにいう対抗要件具備行為というのは不動産についての登記に限らず、自動車抵当についての登録、動産物権変動についての占有移転、債権譲渡についての確定日付ある通知等も含まれます。
したがって、上記事例でも売主が支払い停止した後の登記具備であって、かつ原因行為から15日が経過し、買主が売り主の支払停止を知って登記具備した場合には、当該登記具備が否認の対象となるのです。
ところで、1回の手形不渡りでも支払停止にあたるのかが若干問題となります。この点、2回目の手形不渡りによって銀行取引停止処分がなされるのであり、そのことが債務一般を弁済できない旨の表示であるとして、通常は2回目の不渡りをもって支払停止とされますが、不渡り前後の事情を考慮して1回目の不渡りが支払停止と判断された判例もあります(最判平成6.2.10民集171号445頁)。
3.
対抗要件の否認に関して、次のような下級審判例があります。
A社がB社からゴルフ会員権を購入するとともに購入代金を借入れ、A社は借入債務の担保としてゴルフ会員権に譲渡担保を設定したが、約5カ月後、A社が手形不渡りを出した直後になってはじめて、あらかじめA社から受領していた譲渡通知書を用いてゴルフ場を経営するZ社に内容証明による譲渡通知を行ったという事案です。
この裁判例でも、1回目の手形不渡りは資金不足を理由とするものであって支払停止の状態にあったと判断され、ゴルフ会員権がB社に移転した日から起算して15日を経過した後、B社がA社の支払停止を知って譲渡通知により対抗要件を備えたのだから、対抗要件否認が認められる趣旨の判示をしています。
そして、対抗要件否認が認められた結果、すでにゴルフ会員権を譲渡処分していたB社は否認権行使時におけるゴルフ会員権の時価相当額を破産財団に償還する義務を負うと判断されています。
4.
実際、譲渡担保設定者の信用を下落させないために、あらかじめ債権譲渡通知書を差し入れさせておいて、支払停止等の事実が発生した場合に債権譲渡通知を設定者の代理人として発送するという形式がとられる場合もある ようですが、これでは譲渡担保設定の効力発生時から通知発送時までに15日が経過してしまうことが多く対抗要件否認の対象となるおそれがあるということになります。
以上