1 訴訟提起に迷う
経済的観点から、訴訟提起すべきか否か迷うことってありますよね。
弁護士が訴訟を薦めないときによく使う表現で、「費用対効果が合わないと思います」と言うことがあります。
例えば、クライアントが20万円を回収するために訴訟を弁護士に頼みたいと考えていたことろ、訴訟費用(弁護士費用を含む)が総額で25万円かかってしまう。
仮に、全面勝訴して20万円の回収に成功しても、訴訟費用として25万円支払わなければなりませんから足りません。5万円持ち出しになります。
そうすると、収支としては5万円の赤字になります。これでは訴訟をする意味がないですよね。
しかし、迷うのは次のような場合です。あなたが100万円を回収するために弁護士に依頼したいと考えていたとします。でも、訴訟費用として、総額50万円かかると弁護士から説明を受けました。
あなたは、そろばんをはじきます。
「裁判で勝って100万円回収しても、50万円の訴訟費用がかかるから、差し引くと50万円か…。」
あなたは、回収額の半分が訴訟費用として消えてしまうことに少々不満ですが、訴訟をしなければ回収額はゼロです。すでに交渉は決裂しているので、訴訟以外に方法がありません。
「50万円でも仕方がないか…」
と、あなたは納得します。
しかし、そうなると気になるのは勝訴の見込みです。そこで、あなたは、弁護士にこう質問します。
「それで、この裁判勝てますか?」
弁護士は、こう答えました。
「5分5分です。」
2 期待利益
さて、このような回答を弁護士にされると迷いませんか?
全面勝訴すれば、回収額100万円-訴訟費用50万円ですから、50万円の黒字です。でも、敗訴したら訴訟費用が50万円かかっているので、50万円の赤字です。
でも弁護士は、勝てるかどうかは5分5分だと言うのです。
このような場合、回収額と諸経費を考慮に入れた収支の問題と裁判に勝てるかどうかという勝訴率の問題を分断して考えると、なかなか判断ができません。
そこで、このような場合は、次のように期待利益を算出します。
(請求額×勝訴率)-訴訟費用=期待利益
先ほどの例をこの式に当てはめると、
(100万円×50%)-50万円=0円
したがって、あなたがこの裁判で得られる期待利益はゼロです。そうすると、裁判は弁護士を儲けさせるだけで、あなたにとっては時間の無駄です。経済合理性を重んじるあなたとしては、この裁判を弁護士に頼むべきではありません。
3 弁護士の曖昧な説明
数学的には、上記のような計算を行えば、あなたの期待利益を算定できます。
しかし、大前提があります。勝訴率が分かっていることです。
ところが、勝訴の見込みについて、あなたが弁護士に質問をしても、大方の回答は、
「どちらかというと、こちらに有利です」
「絶対とは言い切れないが、基本的に勝てると思います」
「勝てないとは言い切れませんが、証拠を見る限りこちらに不利です」
これでは、期待利益を計算できませんよね。
でも、ここまで回答する弁護士はかなりマシな方で、もっといい加減な弁護士は、
「勝訴の可能性はあります」
などと答えます。
でも、これでは回答になっていませんよね。勝訴率が0%以外は、すべて勝訴の可能性はあるわけですから…。勝訴率10%でも80%でも勝訴の可能性はあります。でも、勝訴率10%と80%とでは、期待利益が全然違ってきます。
では、そもそも勝訴率など数値化できるのでしょうか。
4 訴訟の定量分析
まずはっきり言っておきたいのは、厳密な勝訴率を算定することは不可能です。なぜならば、数学的に正確な勝訴率を算出するためには、膨大な類似サンプリング事例を情報として入手しなければ、算出できないからです。
しかも、仮に豊富な情報が入手できても、勝訴率の統計分析を行うためには、従属変数に影響を与える説明変数を過不足なく抽出できなければ、統計分析を行うための数理モデルを作成できません。
これは至難のわざですよ。
しかし、経験豊富な弁護士であれば、事案ごとに自分の経験に照らし合わせて、ある程度の勝訴可能性を(定量的にではなく)定性的につかんでいるのが通常です。
でも、定性的評価では計算できないので、これを定量化する必要があります。要するに、「ほぼ間違いなく勝てるだろう」という定性評価を数字に変換するのです。
そして、これは依頼者が得られるであろう期待値を出すための便宜上のものですから、数学的に正確な数字、例えば、78.356%などというように表現する必要はないと思います。ざっくり、80%でよいと思います。そもそも正確な勝訴率なんて誰にも分かりませんからね。
そこで、私は次のような数値化手法を提案しています(こんな提案しているのは、日本全国の弁護士で私くらいですよ!)。
ほぼ勝訴できる → 80%
どちらかと言えば、勝ち筋 → 65%
どちらとも言えない → 50%
どちらかと言えば、負け筋 → 35%
ほぼ敗訴する → 20%
最高値を80%に設定したのは、どんなに勝ち筋でも不確実性は考慮に入れておくべきだからです。どんなに筋がよくても、担当の裁判官がおかしい場合もありますからね。人が判断するわけですから。
同じ理由で、最低値も20%に設定して、対応させました。
これで、訴訟提起した場合の期待利益をざっくりと算定することができるはずです。少なくとも、巷の弁護士の説明よりは、意思決定を行う上で、参考になると思います。
ちなみに、弁護士に訴訟を依頼して着手金を支払う時の基準は、訴額(請求額)ではなく、期待収益(請求額×勝訴率)を基準にして算定してもらいましょう。
たとえば、あなたが500万円を請求する訴訟の依頼をするのに、弁護士が勝訴率について、「なんとも言えない」なんて回答しているようなら、500万円×50%=250万円です。だから、250万円を基準に着手金を算定すべきです。「なんとも言えない」なんて回答しておきながら、着手金の計算はちゃっかり500万円を基準に行う弁護士がたくさんいますから注意しましょうね(笑)。