1.和解範囲

 XがYから500万円の債権を回収したいと考えて、Yと交渉を始めました。Yはこの支払に異存があります。
 さて、XとYの方針が以下のとおりと仮定してみましょう。

・Xの理想は当然500万円全額の回収であるが、300万円までなら妥協してもよいと考えている。
・Yの理想は当然0円であるが、200万円までなら妥協してもよいと考えている。

 このままでは、XとYとの間で交渉が成立する余地はありません。Xが300万円という妥協額をもっと引き下げるか、Yが200万円という妥協額をもっと引き上げて歩み寄ることができなければ、交渉決裂は必至です。

 では、お互いが歩み寄った結果、次のような状況だとどうなるでしょうか。

・Xは、200万円までなら妥協してもよいと考えている。
・Yは、300万円までなら妥協してもよいと考えている。

 この場合は、200万円~300万円の範囲で重なっているので、この範囲のどこかで交渉が成立する余地があります。これを「和解範囲」と言います。交渉が成立する「余地がある」というのは、このような場合であっても、後述するように交渉決裂に至る場合があるからです。

2.情報の非対称性

 先の例では、200万円~300万円の範囲で交渉がまとまる可能性があります。
 ところで、Xとしては200万円まで妥協する用意がありますが、Yが300万円支払ってもよいと考えていることを知ったら、たちまち200万円でもよいという考えを撤回し、妥協額を300万円に引き上げるでしょう。それなのに、Xが200万円でもよいという方針を持っているのは、Yに300万円支払う用意があることをXが知らないからです。
 これを経済学では、「情報の非対称性」といいます。

 Yも同じです。Yには300万円支払う用意がありますが、Xが200万円でもよいと考えていることを知ったら、300万円の支払意思を撤回し、200万円に引き下げるでしょう。それなのに300万円の支払を考えているのは、Xが200万円でもよいと考えていることをYが知らないからです。

 したがって、相手に手の内がばれてしまうと、200万円~300万円の間で、相手に有利な条件で交渉が成立することになります。
 例えば、Xの手の内がばれれば、200万円で交渉成立です。200万円~300万円の範囲で、200万円は最も定額なのでYに有利ですね。
 逆に、Yの手の内がXの知るところとなると、300万円で交渉成立となります。200万円~300万円の範囲で、300万円は最も高額なので、今度はXに有利です。

 そうすると、如何にして自分の手の内を相手にわからないようにするかが、交渉の駆け引きでは重要なファクターになります。

3.強気の交渉態度、弱気の交渉態度

 さて、200万円~300万円の範囲で和解が成立する余地がありますが、このような条件下においてさえ、交渉が決裂する場合があります。
 それは、交渉の当事者の「交渉態度」です。

 例えば、Xは本心では200万円まで妥協する意思があるのに、強気の交渉態度で臨んだために、Yに対して「どんなに譲歩しても300万円までだ!」と言い放ちました。
 Yも強気です。Yは、本当は300万円まで支払う意思があるのに、強気の交渉態度で臨んだために、「最大で200万円だ。それ以上は払うつもりがない!」と言い張りました。
 このような状況では、一番最初の設例、すなわち、和解範囲が重ならない状況に逆戻りです。Xの和解方針は、500万円~300万円、Yの和解方針は、0円~200万円。これでは接点がありませんから、交渉がまとまるはずがありません。

 このような状況下で交渉を成立させる方法はただひとつ。X又はYのいずれかが、交渉態度を「強気」から「弱気」に変更することです。
 交渉の難しさは、まさにここにあります。先に弱気に転じた方が、この交渉の駆け引きに勝利できませんから、どちらも強気の交渉態度を堅持するはずです。
 私も代理人として交渉する場合、基本的に強気の交渉態度を崩しません。
確かに、このままではせっかくまとまりかけた交渉が決裂してしまいます。しかし、ここで「もったいない」と考えてしまうと負けです。結局、相手に好都合の条件で交渉が成立してしまいます。だから、相手の交渉態度が弱気に転じるように頑張るしかありません。
 私もこのような状況下で多くの交渉を決裂させてきました(笑)。でも、その陰でクライアントに有利な条件で数多くの交渉をまとめてきたのも事実です。

 えっ?交渉が決裂したら、その後どうするのかって?
 訴訟ですよ、訴訟!