1.交渉決裂という選択肢

 皆さんは、どのような人が交渉上手な人だと思いますか?
 おそらく、一言で定義するならば、

 「こちら側に有利な条件で交渉をまとめられる人」

 ということになるのではないでしょうか。
 そうすると、上手な交渉のファクターは、

 ・こちら側に有利な条件であること
 ・交渉を決裂させずに、ちゃんと成立させられること

 になると思います。
 しかし、有利な条件であることと交渉を成立させることは、しばしば両立しません。相手も、自分に有利な条件で交渉をまとめたいと思っているからです。

 私は、弁護士として多くの紛争解決型交渉を手がけてきましたが、交渉を決裂させた案件も少なくありません。
 それでも私は、交渉は他の弁護士と比較しても、けっこう得意なほうであると自負しています。
 交渉を決裂させておいて、なぜ交渉が得意なのか、と疑問に思う人もいるかもしれません。

 しかし、逆説的ですが、交渉上手になるためには、交渉決裂という選択肢が不可欠なのです。

2.訴訟という選択肢をなくしたら

 もし、あなたが誰かに100万円の債権を有していると仮定しましょう。あなたとしては、何としても交渉でこの債権を回収したいと考えていたとします。
 もっとも、あなたには「訴訟」という選択肢はないものと仮定します。したがって、この債権を回収するためには、「交渉」しかないものとします。交渉を決裂させるわけにはいかない状況とは、言い換えれば、交渉以外に解決方法がない状況をさすからです。それは訴訟をしないという意味です。

 さて、このような仮定で、あなたが債権回収のための交渉を始めたとします。まず、あなたとしては、100万円全額を回収したいはずですから、相手方に対して、100万円を請求したとしましょう。

 このときの相手方の合理的な戦術は、NOです。
 そこで、あなたは相手方に譲歩し、その8割に相当する80万円を請求しました。
 このときの相手方の戦術も、先ほどと同様に、NOです。
 やむを得ず、あなたは50万円まで請求額を下げます。
 しかし、相手方の返答は、相変わらずNO。
 とうとう20万円まで下げました。
 それでも相手方の返答はやっぱりNOのまま…。

 そうです。あなたがどんなに妥協して請求額を下げても、あたなの要求を拒絶するという戦術が相手方にとっては合理的な判断なのです。なぜならば、どんなにあなたの要求を拒絶しても、相手方はあなたから訴えられる心配がないのですから。

 このように、「必ず交渉でまとめる=訴訟をしない」という交渉姿勢がいかに不利なものかご理解いただけると思います。
 紛争解決型の交渉を上手に進めるためには、交渉を決裂させて訴訟に移行するという”脅し”が必要なのです。訴訟が背後に控えていない交渉は、はっきり言って無力です。
 したがって、交渉においては、

・交渉決裂→訴訟という選択肢を必ず用意しておくこと
・訴訟という選択肢をはっきり相手に示すこと
・交渉に期限を設けること(これをしないと相手になめられます)
・交渉を打ち切れる決断力と勇気を持つこと

 が必要です。