1 なぜ勝訴率が高くても和解する人がいるのか

 濫訴とは、勝訴する可能性が全くないか極めてその可能性が低いにもかかわらず起こされる訴訟を言います。

 そもそも濫訴は、訴訟上の和解という仕組みがなければ起こりません。話を単純化するために、勝訴率が0%のケースを想定しましょう。
 和解という仕組みがないということは、全ての訴訟で判決が下されることを意味します(ここでは、訴えの取り下げは忘れてください)。そして、勝訴率が0%ということは、訴訟には必ず弁護士費用を含む訴訟費用が発生しますので、常に収支は赤字になります。訴訟費用が50万円であれば50万円の赤字、100万円であれば100万円の赤字です。回収額が0円なのですから、当然の結果ですよね。したがって、このような条件下では、頭のおかしい人でない限り、訴訟を起こすはずがありません。損するために訴訟を起こすようなものですから。

 しかし、和解という制度があると状況は一変します。
 いくら勝訴率が0%でも、原告が支出した訴訟費用を上回る和解金を被告が支払うのであれば、原告は、訴訟の収支を黒字化できます。このようなことが起こりうるのであれば、勝訴の見込みが全く無くても、訴訟を起こそうとする者、すなわち、濫訴を提起しようとする者が現れても不思議ではありません。
 このように勝訴の可能性がない原告が収支を黒字にするためには、和解という制度の存在のほかに重要な条件があります。それは、勝訴の可能性が高いのに、原告と和解する被告の存在です。
 勝訴の可能性が低いのに和解金をもらえる原告の存在と、勝訴の可能性が高いのに和解金を支払う被告の存在とは、コインの裏表の関係にあります。
 そして、もうひとつ、濫訴が成立するための重要な条件。それは、敗訴した当事者が控訴する可能性です。

2 追加的コスト

 勝訴の可能性が高い被告も、通常は自分のために弁護士に依頼しています。そして、自己の負担で弁護士費用を支払っています。
 このコストは、前回のブログでも書いたように、いわゆるサンク・コストですから、和解をしても回避することができないので、和解の動機にはなりえません。

 しかし、被告が原告にいくらかの和解金を支払うことで、追加的コストを回避することができるのであるならば、その追加的コストを下回る和解金を支払うことは、極めて合理的な行動になります。
 では、和解しなかった場合の被告の追加的コストは何でしょうか。それは敗訴した原告が控訴したために、次の控訴審で被告が支払わなければならない弁護士費用等です。
 控訴するために裁判所に支払う印紙や予納郵券の費用は控訴人である原告が負担しますので、被告のコストではありません。
 しかし、弁護士費用のほか、弁護士との打ち合わせに要した時間、移動交通費、弁護士に支払う実費等は被告のコストになりえます。このうち、最も高額なのは、おそらく弁護士費用でしょう。
 仮に、原告に控訴された場合に、被告が控訴審の弁護士に支払う費用が50万円かかると仮定しましょう。この費用は、もし控訴されたら支払うことになる将来的費用なので、サンクコストではありません。
 したがって、和解してしまえば、被告は原告による控訴を回避できるので、この追加的コストも回避できることになります。
 ただし、条件があります。和解金が追加的コストよりも低いことです。先の例だと、50万円未満の和解金であれば、被告は、勝訴判決をもらうよりも、原告に和解金を支払ったほうが得です。
 これが勝訴できる被告の和解動機です。

 これに対し、濫訴した原告にとっては、自己が負担した訴訟費用を少しでも上回れば訴訟の収支を黒字にできますから、これまた和解動機を持つことになります。このように、

原告の訴訟費用<和解金額<被告の追加的コスト

 という条件が満たされれば、和解が成立する余地が生まれます。いくら原告の勝訴率が低く、被告の勝訴率が高くても、和解した方が経済的に合理的だからです。

 このようにして濫訴は起こされます。