前回の記事はこちら:貸し渋り・貸し剥がし対策講座(3)

期限の利益喪失約款

1.期限の利益喪失とは

 期限の利益の喪失についてよく知らない方もいると思いますので、説明したいと思います。

 銀行から借り入れをして、それを返済する場合、一定期間後に金利・元本をあわせて全額を返済するという内容の契約を銀行と交わすことはまずありませんね。例えば、5000万円の借り入れをしても、毎月少しずつ返済していくという契約のはずです。ところが、債務者の信用不安を生じさせるような一定の事由が発生した場合に、今まで毎月一定額の返済だったのに、残りの債務全額を一括で返済する債務に変わってしまう、これを期限の利益の喪失と言います。返済期限を設けて、毎月少しずつ返済するというのは、債務者にとって楽なわけです。したがって、毎月の返済期限は、基本的に債務者の利益なわけです。ところが、突然、残債務の一括返済を求められて、この利益を失ってしまいます。

 この期限の利益喪失は、法律上当然にそのようになるというわけではなく、契約当事者間で、そのような合意をしておきます。銀行の場合は、銀行取引約定書の中に明記されています。

2.旧銀行取引約定書の期限の利益喪失約款

 旧銀行取引約定書のひな形では、その第5条に規定されております。
 具体的には、

(1) 支払停止又は破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始、特別清算開始の申立てがあったとき。
(2) 手形交換所の取引停止処分を受けたとき。
(3) 仮差押、差押の命令、通知が発送されたとき。
(4) 債務者の責めに帰すべき事由による所在不明。

 ここまでが、当然に期限の利益を喪失する場合です。”当然に”とは、銀行が債務者に「あなたは期限の利益を喪失したので全額請求しますよ」と通知しなくても、期限の利益を喪失してしまうという意味です。
 そして、銀行が債務者に対して、上記のような請求をして初めて期限の利益が喪失する場合は、以下の通りです。

(5) 履行遅滞。
(6) 担保目的物に対する差押え、競売。
(7) 取引約定違反。
(8) 保証人について、上記のいずれかに該当するとき。
(9) 前各号のほか、債務保全を必要とする相当の事由が生じたとき。

 当然喪失する場合と請求により喪失する場合の違いのメルクマールは、信用不安の程度の差だと考えてください。例えば、債務者が破産手続の申立をしたら、それだけで信用失墜は疑う余地がありませんよね。だから、当然に期限の利益を失うと。これに対し、履行遅滞にとどまる場合には、債務者が反省して今後ちゃんと約束とおりに支払ってくれればよいというケースもあり得ます。したがって、期限の利益を喪失させるか否かは、銀行が裁量で判断する余地を残しておくということになります。

3.参考判例

 なぜ、銀行の貸し渋り・貸し剥がし対策で、長々とこんな話を書いたのかというと、この期限の利益喪失約款が貸し剥がしの手段として濫用される余地を含んでいるからです。

 というのは、先の銀行取引約定書第5条の中の一番最後の規定がくせ者なのです。「前各号のほか、債務保全を必要とする相当の事由が生じたとき」という表現は曖昧で、ここが拡大解釈されると、貸し剥がしの道具として利用できちゃうのです。実際に、過去に紛争が起こっています。

 昭和45年6月24日の最高裁判決は、?信用を悪化させる一定の客観的事情が発生した場合で、かつ?債権保全の客観的必要性がある場合に有効として、その適用範囲を限定しています。期限の利益の喪失は、債務者にとって重大なことなので、銀行の自由裁量でやってはいけないということです。

 ?と?の要件は、両方充たされていなければなりません。仮に、債務者の信用を悪化させるような事態が発生したとしても、例えば、銀行がすでに取っている担保で債務不履行リスクに対する歯止めがかかっていて、期限の利益を一方的に奪う必要性が乏しいなどといった場合には、?の要件はクリアーできていても、?の要件については議論の余地が十分あるでしょう。

 次に、紹介したいのは、期限の利益喪失を認めた下級審判例です。

 平成4年9月30日の仙台高裁の判例ですが、その判例は、?債務者が、銀行に何らの相談もせずに、債権者集会を開催したこと、及び?銀行からの問い合わせに対しても、「弁護士に一任してある」と回答するのみで、会社の対応として不誠実だと判断しました。?はともかく、?については、私たち弁護士にとっても頭が痛いです。なぜならば、依頼者に対して、相手から問い合わせがあったら、「弁護士に一任してある」と回答してください、という助言は、弁護士の通常のルーティン業務となっているからです。「弁護士に任せてあるから」では、誠実な対応をしていることにはならないという裁判所の判断です。

 企業としては、銀行取引約定書の期限の利益喪失約款の内容をしっかり押さえておくべきでしょう。そして、約定に明記してある事由に該当しない場合には、「前各号のほか、債権保全を必要とする相当の事由が生じたとき」という条項が使われたと考えてよいでしょう。

 その際に、前記判例に照らして、本当に合法的なのか、銀行側による濫用があったのではないか、を吟味し、濫用が疑われる場合には、粘り強く交渉する必要があります。場合によっては、訴訟も検討せざるを得ない場合もあると思います。期限の利益を失えば、それだけで会社が倒産してしまうだけのインパクトがあることを忘れないでください。