皆様、こんにちは。

1.はじめに

今回のブログ記事では、私が経験した少しだけ不思議な事件をご紹介します。

タイトルにあります「無罪の立証」という表現ですが、刑事裁判のセオリーからすると少しおかしな表現かもしれません。
というのは、日本の刑事裁判では、被告人に対して無罪の推定が働いています。検察官が裁判で被告人の有罪を立証しなければならない役割を負っています。そして、検察側による有罪の立証が不十分であれば(=合理的な疑いを超えなければ)、裁判所は無罪の判決を下すしかない、というルールになっています。

そうすると、弁護人の役割は、被告人が容疑(公訴事実)を否認している事件における弁護人側の考え方としては、積極的な無罪の立証までできなくとも、検察官による有罪の主張立証に対して合理的な疑いを与えていく、ということになります。

ただ、先述の私が体験した事件では、検察官による無罪の立証があったのです。これは一体どういうことでしょうか?

2.再審事件の受任

その事件とは、私が国選事件として受任した事件でした。法テラスの事務所に並べられている配点票をよくよく読んでみると「再審事件」と書いてありました。

再審事件(刑事訴訟法435条参照)とは、一旦判決が確定した事件について再度審理を行う事件を指します。ニュース等ではたまに冤罪の可能性がある言われる事件について再審の請求が認められて裁判のやり直しがなされる、という内容で報道されているのを見かけることがあります。

そして、私が引き受けた事件ですが、最初の段階では一見してどのようなきっかけで再審事件になったのかは不明でした。法テラスの職員の方に聞いても「わかりません。」という返答が返ってきました。
いきなり途方に暮れそうになりましたが、情報を集めてみようと検察庁に事件記録の閲覧申請を兼ねて問い合わせてみました。すると、検察事務官ではなく担当の検察官自ら連絡があり、「近々、お越し願えますか?」と予想外の案内を受けました。

後日、検察庁に伺ったところ、担当検察官の説明によれば、本件(詳しくは申せませんが)は、被告人が警察へ身代わりを出頭してそのまま有罪(罰金刑)となってしまった事案であることがわかりました。元の事件は罰金が一向に支払われなかったため、検察庁が被告人本人に問い合わせたところ、本人から「実は・・・」と説明があって身代わりとなっていた事実が明らかになったのです。

被告人に身代わり出頭を強要した真犯人達は既に公訴提起されて、犯人隠匿や証拠隠滅の罪などで有罪判決(こちらは懲役刑)を受けていました。被告人自身も一応協力してしまったので、犯人隠匿の罪で罰金刑を受けました(こちらの罰金は支払ったようです。)。

3.弁護人としての仕事

話を元に戻しますと、今回の事件は、当初、被告が身代わり出頭した事件自体について、被告が無罪であることが明らかになったにもかかわらず、有罪判決のままになっていたため、再審をするというものでした。 ただ、無罪であることはわかったのですが、検察庁に行って初めてその事実を知った私が弁護人として無罪を立証するために準備をしなければならないのか、というとそうはならなかったのです。

実は、担当検察官に呼ばれて話を伺ったものの、「すいません、まだ記録が整理できていなくて、正式に閲覧していただけるようになるのも後日になってしまいます。必要なことは全てこちら側で致しますので、記録がご覧になれるようになりましたらまたご連絡します。」と案内されて直ぐに帰ることになりました。

このように、事件の精査をすることもままならなかったため、その時の私にできることいったら、被告人本人に連絡をとり、公判期日には必ず裁判所に出席することと本質的には必要ないものの身代わり出頭したことについての反省の弁を述べられるように指導することくらいしかありませんでした。

4.公判期日

さて、公判期日当日ですが、私は一応事前に事件記録を閲覧させていただき、必要な箇所は謄写する等、準備を済ませて出席しました。

検察官による起訴状朗読の後、被告人の本人の陳述や弁護人が意見を述べると冒頭陳述(通常は、検察側が考える事件の全体像等を述べることで主張立証のプランをアピールする手続です。)が行われるわけですが、そこで検察官から被告人の無罪を立証するという方針が打ち出されました。

一応弁護人である私から被告人に対して質問する機会を与えてもらい、本件が身代わり出頭であったことを改めて確認し、自分が犯した犯罪ではないとはいえ今後のこのような面倒事には頼まれても巻き込まれないようすると約束してもらいました。

引き続いて行われた検察官からの反対尋問では、検察が突如として鬼のような形相となり、「あなたは今回のように身代わり出頭をして再審事件になった場合、官報の公告にどれだけの手間がかかり、どのような費用が発生するか知っているのか!」と問い詰め始めました。恥ずかしながらそこまで準備していなかった私はただただ聞いているしかなく、被告人が申し訳なさそうに「すみません、わかりません」と答えると、検察官は少し満足したような表情を見せ、引き続き質問の体裁をとりながら懇々と身代わり出頭がいかに迷惑であるかについて言及していました。

そして、一連の手続が終わると、裁判官からその場で判決の言い渡しが行われ、被告人は無罪となりました。裁判官は退廷する前に私に向かって「先生にはこのような面倒事に付き合ってもらってありがとうございました。」と謎のお礼をおっしゃられたのですが、予期せぬお言葉にまごまごすることしかできませんでした。 被告人は裁判が終わった後も何が行われたのかよくわからない様子でしたが、一応今回の手続の目的を(既に5,6回は説明していましたが)改めて説明すると、何となくわかったような様子で帰っていきました。

5.おわりに

ここまで読んでいただければわかるかと思いますが、大変だったのは無罪の立証を担当した検察官でしょう。事件記録はそれなりの分量がありましたし、通常ではありえないはずの無罪の冒頭陳述や論告を用意しなければならないというのは、精神的にも辛かったのではないかと推測しています。それゆえ被告人質問ではこれまでの苦労に対する怒りが爆発したのではないかとも思います。

なお、今年の3月に宇都宮で多数の交通事犯について再審請求がなされているとの報道がありました。これは身代わり出頭ではなく速度違反の測定結果の誤りによる裁判のやり直しですが、今回ご紹介したような手続の手間を振り返ると、かなりの労力が想定されます。実際、裁判所には臨時で再審用の担当室が設置されていたとのことでした。
改めて振り返ってみると、事案の軽重はありますが、どんな事件でも誤審があってはならないと思わせる事件でした。