これは、私が検事だったときのお話です。

 窃盗で勾留中の被疑者を担当していたのですが、余罪があったので、10日間の勾留の延長を裁判所に認めてもらいました。検事は、認められた勾留の最終日に処分を決めるのが当たり前です。たくさんの事件を抱えている検事にとって、限られた時間の中で間違いのない処分をすることは本当に大変です。

 この事件の場合、勾留の最終日がちょうど、お正月明けだったので、年が明けたら起訴をする方針で捜査を進めるつもりでした。

 ところが、勾留の延長が認められてやれやれと思っていたところ、被疑者の私選弁護人が突然、私に会いたいと検察庁まで訪ねてきました。

 ちょうど、別の被疑者を取調べ中だったのですが、取調べが終わるまで何時まででも待っているとの伝言を預かりました。本当に2時間ほど弁護士が待っていました。

 そこで、弁護士に会って、話を聞きました。結論から話しますと、被疑者を年内に保釈させたいので、年内に起訴してほしいと頼まれました。ちなみに、起訴されると被疑者は、被告人となり、保釈請求ができることになります。

 年内というと、年末は、検察庁も原則、休みに入りますから、その日から5日で起訴しないといけないという計算になりました。10日間の勾留延長が認められているのに、5日で起訴をする、正直、難しいお願いで、無理だと返事をしました。

 しかし、弁護士は、入院している被疑者の母親の手紙と母親の主治医の診断書を持ってきていました。被疑者の母親は、末期の癌をわずらっていて、余命いくばくもないということでした。最後のお正月をかわいい息子と過ごしたいという手紙でした。弁護人に何とかならないかと懇願されました。これは、被疑者を母親と会わせてあげたい、そう思いました。考えてみると返事をしましたが、私の中でもう結論は出ていました。

 すぐに、担当の警察官に連絡をとり、余罪の捜査をすぐに進めてほしいとお願いしました。予定より早く、被疑者の取調べを行い、なんとか、5日目に起訴しました。

 すると、その弁護士は、わざわざお礼を言いに、また、私を訪ねてきてくれました。
 このようなことは、初めての経験で、私選弁護人は、本当に頑張るのだなと感心したものです。
 私選弁護人の頼もしさを実感できた珍しい事案です。

弁護士 楠見真理子