我が国の刑法典において唯一、刑罰として「死刑」のみが定められている犯罪。
 明治13年に旧刑法が制定された際に規定が設けられて以来、明治40年に現行刑法が定められてから現在に至るまで、いまだかつて一度も適用されたことのない、究極の犯罪。
 それが「外患誘致罪」です。

 戦後、日本の治安を脅かしてきたのは、日本赤軍のようなのテロ組織や暴力団などの反社会的勢力でした。これらへの対処は、これまで、破壊活動防止法や航空機の強取等の処罰に関する法律(「ハイジャック防止法」)などの特別法を適用し、あるいは組織犯罪処罰法などを制定するなどして、個別具体的に規制を行ってきました。オウム真理教の事件を契機として組織犯罪処罰法が国会で成立したのはまだ記憶に新しいところです。

 思えば有史以来、本邦は外国からの侵略をほとんど受けずにここまできました。太平洋戦争末期に連合軍からの空爆を受け、その後GHQによる占領がなされた時期を除けば、外国からの脅威として歴史に残るのは鎌倉時代の元寇ぐらいのものです。
 しかしながら、こんにちの国際情勢に鑑みたとき、国際的なテロ組織が我が国においてテロ行為を行うような事態が決して非現実的なものとは言えなくなってきたような気がします。例に挙げるまでもなく、先日のパリでの同時テロに関する報道を目にするたび、これが日本の中で生じていたら・・・と思うと肝の冷える思いがします。

 外患誘致罪は、「外国」と通謀して日本国に対し「武力を行使させ」る行為を処罰するものです。
 これまで現実的に適用が検討されたことがないため、講学上そこまで議論が深まっているわけではありませんが、通説的には「外国」は外国政府を指すものとされており、外国人個人や私的な団体はこれに含まれないと解されています。しかし、「事実上国家として存立していれば足り、必ずしも我が国や他の国家が国際法上の国家として承認をしている必要はない」(条解刑法〔第3版〕265頁)と解されており、IS(イスラム国)のような規模と勢力を有し、自ら「国家」を名乗る集団が本罪における「外国」に該当すると解釈する余地はありそうです。
 他方、マシンガンを乱射し、あるいは爆弾を爆発させて人を殺戮する行為が「武力の行使」にあたりそうにも思いますが、解釈上、本罪における「武力の行使」とは、「領土主権を中核とする我が国の対外的な存立に向けられ」たものをいうとされており(同266頁)、個々の私人や私的団体に対してのみ向けられたものでは足りないとされています。そうすると、アメリカ国防省のペンタゴンに飛行機を激突させる行為であればこれに該当する可能性もありそうですが、フランスでのテロ行為を「外患誘致」の対象と捉えることは難しそうです。

 我々弁護士でも滅多に検討することのない「外患罪」。
 あくまで国家犯罪ですから当然と言えばそれまでですが、外患罪が一切適用されてこなかったことは、日本にとってこの上なく幸せなことであったのは間違いありません。
 不安定な国際情勢ではありますが、一市民として、これからも、この犯罪が永遠に「刑法典に書かれているだけの犯罪」であり続けてほしいと切に願うところです。