1 はじめに

 前回は、被害者の精神的な要因によって、損害の発生・拡大を招いたような場合に賠償金の減額があり得ることについて述べました。
 今回は、そのような主張が相手からされた場合に、減額が認められなかったケースについてみていきたいと思います。

2 リーディングケース

 精神的な要因による減額を否定したリーディングケースとしては、最高裁平成12年3月24日判決が挙げられます。このケースは、過労によりうつ病にり患した労働者が自殺をしたというものです。
 使用者側は、労働者の性格など心因的要因も関係しているとして減額を求めましたが、判決は、「個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り」減額をすべきではないと判断しました。

 上記判例では、労使間の関係も考慮されて減額を否定されていますので、交通事故の場合に当てはまるのかという点が問題となりますが、交通事故の場合おいても、性格等を理由とした減額は容易に認めるべきではないと考えられます。

3 交通事故裁判

 交通事故で素因減額が争われた裁判例としては、東京地裁平成21年10月16日判決が挙げられます。
事案は、被害者が乗っていた車が信号待ちをした後、青信号に変わったので再び出発しようとしたところ、居眠り運転をしていた相手の車が、対向車線からセンターラインを越えて被害者の車に衝突したというものです。

 被害者は、頚椎及び腰椎捻挫、胸部打撲、顔面打撲で約1年間治療をした後で症状固定とし、後遺障害等級第14級が認められました。

 加害者は、被害者の精神的要因が、治療内容、治療期間及び後遺障害の程度に影響を与えているとして素因減額を主張しましたが、判決は、相手の車が相当程度速度を出していたことから、被害者が上記の後遺障害を負ったとしても不自然とは言えず、事故から1年余の期間で症状固定に至っていることからすると、特に治療期間が長すぎるということもできないということを理由に素因減額を認めませんでした。

 また、判決は、

「精神的な要因が同人の治療内容、治療期間及び後遺障害の程度に影響を与えているかどうかはともかくとして、反訴原告の精神的な要因を考慮して損害賠償の範囲を制限しなければ、反訴原告と反訴被告との公平を害するとまでいうことはできず、反訴原告の損害について素因減額をする必要があるとはいえない」

と述べています。

4 最後に

 上記裁判では、事故の態様、実際に生じた障害、治療の期間を元に、それが通常の範囲内にとどまるのであれば、特に精神的な要因の影響を検討することなく、減額を認めないという判断をしています。

 したがって、事故の態様や、事故によって負った傷害からみて、通常であればどの程度の治療期間を要するのかという点について、事前に把握し、減額のリスクについて検討することが重要となります。

弁護士 福留 謙悟