前回は素因減額の身体的要因についてお話ししましたが、今回は、心因的要因についてお話しさせていただきます。
1 心因的要因
心因的要因による素因減額とは、被害者の性格等が原因となって症状が悪化したり、治療が長期化するなどして損害が拡大したような場合に、賠償額の減額がなされることをいいます。
2 最高裁判所の判例
最高裁が素因減額について初めて判断した事案は、被害者が車を運転していて急停車したところ、後方の加害車が接触したという交通事故により、むち打ち症の傷害を負い、10年以上の長期にわたって通院を続けていたというものです。
事故の衝撃は、被害車には肉眼では識別できないものの手で触った感触によって他の部分との違いがわかる程度の僅かなへこみが生じたという程度の軽微なものでした。
最高裁は、
「身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであつて、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができるものと解するのが相当である。」
とし、加害行為と因果関係が認められた賠償額について4割の限度に減額しました(最高裁昭和63年4月21日)。
3 判例の評価
むち打ち症状では、一般的に、適切な治療がなされれば2、3か月以内で通常の生活に戻ることができるとされています。
そうすると、軽微な事故態様にもかかわらず、治療があまりにも長期間にわたることになると、損害の公平な分担という損害賠償法の理念からは、賠償額が減額となることも不当とはいえないと思います。
もっとも、被害者の性格によって、治療期間の長さに多少差が生じるということは通常起こりうることなので、心因的要因を理由とした減額は容易に認められるものではありません。
次回は、心因的要因による減額を否定した判決を紹介し、素因減額が認定されるかどうかの分岐点を探ってみたいと思います。