1 はじめに
自動車事故の被害者は、①加害者に対する民法ないし自動車損害賠償保障法に基づく損害賠償請求権、②自賠責保険会社に対する直接請求権、③健康保険または労働者災害補償保険(労災保険)の保険給付請求権を取得します。
被害者は、原則として、上記の請求権のうち自由に行使することができます。ただし、これらの請求権はいずれも、被害者に生じた損害の限度で填補するためのものであって、被害者に生じた損害以上の補償を行うものではありません(二重取りはできません。)。そのため、これらの請求権間で調整が行われています。
2 健康保険と労災保険の関係
労災保険は、労働者の業務災害または通勤災害による損害を填補する社会保険であるのに対して、健康保険は、被保険者の業務災害および通勤災害以外の事由による損害を填補する社会保険です。したがって、自動車事故が業務中または通勤中に発生したときは、労災保険が適用され、その他の自動車事故の場合には、健康保険が適用されることになります。
3 労災保険と加害者に対する損害賠償請求権との関係
労災保険の保険金が被害者に給付された場合は、その給付額の限度で、国が受給者(被害者)の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得します。他方、加害者が保険給付に先立って、被害者に損害賠償請求を行った場合、賠償された額の限度で保険給付はなされないことになります。
4 労災保険と自賠責保険との関係
自賠責保険は、慰謝料等の損害もをカバーし、労災保険より給付額が大きくなること、仮渡金や内払いの制度の存在により、早期に給付金を受けられること等から、実務上は、労災保険の保険給付請求よりも自賠責保険の直接請求が先になされることが多いようです。
なお、労災保険給付の受給者が自賠責保険会社に対する直接請求権を有している場合には、労災保険の給付額の限度で、国が受給者の自賠責保険会社に対する直接請求権を代位取得します。
5 健康保険と加害者に対する損害賠償請求権との関係
健康保険を利用しない自由診療の治療費は健康保険を利用した場合よりも2倍強となることが多いため、加害者の賠償能力(資力)が十分でない場合には、健康保険を利用した方が良いでしょう。特に、被害者にも大きな過失がある場合、治療費を支払ってしまうと、過失相殺の結果、実際に被害者が受け取ることのできる損害賠償額が少なくなるため、健康保険を利用する方が賢明といえます。
なお、健康保険の保険給付がなされたときは、給付をした保険者は、給付額の限度で、保険受給者(被害者)が加害者に対して有する損害賠償請求権を代位取得します。また、加害者が健康保険の保険給付よりも先に、加害者に対する損害賠償請求をしたときは、健康保険の保険者は、賠償額の限度で、保険給付義務を免れます。
6 健康保険と自賠責保険、任意自動車保険との関係
この場合も、被害者は、健康保険と自賠責保険や任意自動車保険のどちらにでも給付を請求できますが、同じ損害につき、二重取りはできない仕組みになっています。
弁護士 細田大貴