今回は、後遺障害事案で被害者に事故後も減収がない場合に、逸失利益がどのように考えられるのかについて検討します。
1、後遺障害事案における逸失利益とは
後遺障害事案における逸失利益は被害者の身体に後遺障害が残り、労働能力が減少するために、将来発生するものと認められる収入の減少のことを言います。
そうすると事故後に被害者に減収がない場合にも後遺障害による逸失利益の賠償が認められるかが問題となります。この問題は、損害賠償法の基本の理解にもかかわってくるのですが、以下に二つの考え方と判例を挙げて検討してみます。
2、差額説について
賠償の対象となる損害を交通事故がなかったならば被害者が得られたであろう収入と事故後に現実に得られる収入との差額を見る考え方です。
この説によると事故の前後で具体的に減収が生じなければ損害の発生が認められないことになります。
この説を徹底すれば、無職者(主婦、幼児学生等)には、死亡の場合を含め逸失利益の発生は認められないことになります。また事故後も本人の真摯な努力により事故前の収入が維持されているといったばあいであっても、現実に減収がない以上は逸失利益の発生は認められないことになります。
3、労働能力喪失説
賠償の対象となる損害について労働能力の喪失又は減少自体を財産的損害と捉え、現実の減収状態の有無は労働能力の低下の程度を評価するための資料に過ぎないとみる考え方です。
4、判例の検討
一つ目の判例として、「損害賠償制度は被害者に生じた現実の損害を添付することを目的とするものであるから、労働能力の喪失、減退にもかかわらず損害が発生しなかった場合には、それを理由とする賠償請求ができないことはいうまでもない。原判決の確定した事実によれば訴外Aは本件交通事故により左大腿複雑骨折の障害を受けたが、その後従来通り会社に勤務し従来の作業に従事し本件事故による労働能力の減少によって格別の収入減を生じていないというのであるから労働能力減少による損害賠償請求を認めなかった原判決の判断は相当である」(最判昭42.11.10民集21巻9号2352頁)とし、差額説の立場に立っていると説明されることがあります。
しかし、この判例の傍論では、「交通事故による障害の為労働能力の喪失・減退をきたしたことを理由として将来得べかりし利益喪失による損害を算定するにあたって・・・労働能力喪失率が有力な資料となることを否定できない」とし労働能力喪失率による損害把握の可能性を認めていますので、差額説にたっていると断定はできません。
次の判例として、「仮に交通事故の被害者が事故に起因する後遺症のために身体的機能の一部を喪失したこと自体を損害と肝炎することができるとしてもその後遺症の程度が比較的軽微であってしかも被害者が従事する職業の性質からみて現在または将来における収入の減少も認められないという場合においては特段の事情がない限り労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を認める余地はないというべきである」(最判昭56,12,22民集35巻9号1350頁)というものがあります。
この事案は、労働能力の一部喪失が生じた場合において特段の事情が認められるときは、減収がなくても財産上の損害を是認する余地があるとの含みを持った説示をしている点では、それまでの判例に比べて労働能力喪失説に近い判事を示したものと評価することもできます。
判例は現実に生じた具体的な収入額の差異を離れて、ある程度抽象的に逸失利益の発生を捕らえることを認め、後遺障害による労働能力の喪失による損害を被害者の後遺障害の部位・程度・被害者の年齢・性別、現に従事している職種等との関連で差額説的な考慮をしながら評価していると理解することができます。
そうすると、被害者に後遺障害が存するが現実の減収が生じていない場合、その後遺障害の程度が軽微で被害者が従事する職業の性質等からみて将来における収入の減少は具体的に認められないときは、逸失利益の発生を認めることはできないが、事故によって現実に労働能力が低下し被害者に減収が生じていない理由が被害者の普段の努力や使用者の温情等によるもので長時間その状況が継続できるか定かでないこと等が立証できれば被害者の労働能力の喪失を一定程度の割合で認定し、後遺障害による逸失利益の発生を認めることができるものと考えられます。