交通事故では、被害者の方が頭部に深刻な傷害を負い、発話はおろか、意思表示そのものが不可能な状態となることもあります。
 重度の後遺障害や死亡事案においては、近親者にも別途慰謝料が認められる場合がありますが、いわゆる入通院慰謝料や休業損害、後遺障害慰謝料等は被害者本人が請求権を有するものです。この被害者本人が有する損害賠償請求権は、本人、又は本人から委任を受けた代理人が行使しなければなりません。
 しかし、近親者が当然に被害者本人の代理人になれるわけではなく、意思疎通が全くできない状態の被害者は、代理人を立てるための「意思表示」を行うこともできません。

 このような場合、家庭裁判所に後見開始の審判を申立て、成年後見人を選任する必要があります。
 後見開始の審判とは、精神上の障害によって判断能力を欠く常況にある者を保護するための手続です。この手続により選任された「成年後見人」は、本人の財産に関するすべての法律行為を行う権限を有します。これにより、成年後見人による訴訟代理人弁護士の選任等が可能となります。

 後見開始の審判の申立ては、①被害者本人やその②配偶者の他、③4親等内の親族(両親、祖父母、兄弟姉妹、従妹等)などが申し立てることが出来ます。
 必要書類としては、被害者本人の戸籍や住民表の他、家庭裁判所の書式による医師の診断書や、財産に関する資料等が挙げられます。

 成年後見人には、裁判所が選任した弁護士が就任することも多いですが、申立ての際、近親者自身を成年後見人候補者とすることにより、成年後見人として選任されることもあります。
 もっとも、成年後見人には、裁判所に対する財産管理・支出状況等の報告義務や、その財産管理等に対する高度の注意義務が課せられています。当然のことではございますが、被害者に代わって獲得した損害賠償金等について、成年後見人が好き勝手に費消する権限はありません(自分のために使ってしまうと、場合によっては、業務上横領罪に課せられる可能性もあります)。
 他方で、被害者が生計を一にし、扶養していた配偶者等の生活費等について、“相当な金額”であれば、獲得した損害賠償金等、被害者の財産からの支出が認められるでしょう。