以前のブログにおいて、相続回復請求権とはどういう制度なのかについて、血縁関係がないものの、法律上の父子となっている場合(真実は相続人でない者(表見相続人)が相続した場合)を具体例として紹介させていただきました。
では、真実としては相続人である者が、虚偽の事実を述べる等して、本来同人が得られるべき相続分より過大に相続した場合には、相続回復請求による権利救済を図らなければならないのでしょうか。そうであるとすれば、本来であれば時効消滅に服さないはずの物権に基づく請求についても相続回復請求権の消滅時効である5年の期間制限が適用されることになりうるため、問題となります。
この点について、最高裁判所は、相続回復請求権について時効消滅期間を設けた趣旨や沿革等の理由から、相続回復請求は、相手方が共同相続人であることのみもって行使が否定されるものではないものの、その相手方が、自らを相続人でないことを知りながら、または、相続権があると信じるべき合理的な理由がないにも関わらず、相続人であると称して不動産を占有管理している場合には対象とならない旨判示しました(最判昭和53年12月20日)。
同判例の事案は、被相続人Aの法定相続人が6名いる状況下で、その内のYら3名の相続人が、残りの相続人からの同意を得ることなく、Aの相続財産たる不動産についてそれぞれが所有権移転登記を具備し、登記上、Yら各人の単独所有としたことに対して、残りの相続人のうちの1名であるXが、当該登記の存在を知ってから少なくとも8年程度の時間が経過した時点において、Yらに対し、XもAの共同相続人の1名であり、Aの相続財産である不動産については共有持分権を有するとして、同共有持分権に基づく上記所有権移転登記の抹消登記手続請求を行なったというものとなります。
この事案におけるYらは、真正な相続人であるものの、遺産である相続財産のうちの不動産について、自らの相続分を超過して単独所有を主張する場合には、超過部分については無権利者にすぎないものと考えられます。よって、本来であれば、Xら残りの相続人は、自らの共有持分権(物権)に基づき、消滅時効に服することなく、自らの共有持分権を妨害している不実登記の抹消等を求めることができると考えられます。
ところが、Yらは、Xの請求は民法884条が定める相続回復請求にあたるとして、同請求権の消滅時効の適用もあるとして反論してきました。
この反論に対して示された最高裁の規範が上述のものとなります。そして、本件では、Yらは、Xら他の共同相続人がいることを知りつつ上記所有権移転登記手続を行っており、しかも、超過部分について相続権が存在すると主張することについて何らの合理的事由の主張立証もされていないとして、Yらの所有権移転登記手続は、相続回復請求の対象となる行為には当たらないと判断され、Yらの反論が退けられました。
なお、後の判例(最判平成11年7月19日)においては、侵害行為者である相続人が自らを相続人でないことを知らないこと、かつ、自らに相続権があると信じるべき合理的な事由があるといえるかを判断する基準時は、相続権侵害行為の開始時点とすべきことも示されています。
このように、現在の判例実務上、必ずしも、共同相続人であれば相続回復請求の対象外とするとの運用はされていないため、相続分からして過大な遺産を取得している共同相続人に対する返還請求についても、相続回復請求として消滅時効にかかっていないかを確認することが必要になると考えられます。